第一部 第5話

「母ちゃん、飯!」

「飯じゃないだろう。ほんとに口が悪いんだから、誰の子なんだろうね。それに、何か忘れてやしないのかい?」

 混み合う店の中で、かごに盛られた野菜や平台にピラミッド型に積まれた缶詰の隙間から顔をのぞかせると、母ちゃんは怒鳴り返していました。

 夏のまばゆい光が、影という影を消し去るように路地にあふれていました。行き交う人も道ばたに置かれた朝顔の鉢も、そして撒かれた打ち水でさえも、すべてが生き生きとしていました。

 僕は八百屋の息子で、バタンコなら一台通れるか通れないような路地の一角に店兼家はありました。店先では、ざるに盛られた青々としたキュウリが手に取られたり匂いを嗅がれたり、また縞模様の美しいスイカを指ではじく人、びわを眺めながら大きさや傷のぐあいを確認し甘さを確かめようとする人など、買い物にきた人であふれかえっていました。

「じゃ・・・。」

と言って、僕は改めて言います。

「じゃあ、お帰り。」

「この子は、本当に馬鹿だよねえ。」

 母ちゃんは周りの人に顔をしかめてみせますが、それでも中野のおばちゃんと話をやめようともせずに、

「ちゃんと、ただいま。お母さま、お昼ご飯を食べさせてくださいっくらい言えないのかねぇ。」

と、聖徳太子も顔負けで同時に二人の話を聞きながらぬけぬけと言っていました。それを聞いた中野のおばちゃんも、おばちゃんで、

「そりゃ、そうだよねぇ。今時の子は何を習ってるのか、分かりゃしないよ。先生の顔が、見たいもんだね!」

 ”なぁ~んて”ことを、平気で言います。母ちゃんはしゃべりながらも手を休める事なく器用に野菜を包むとお金を受け取り、そして間違いなくおつりを渡していました。

 それからいつものことですが、驚くほどの笑顔を浮かべてお客さんを見送ります。忙しい中でもすべてをそつなくこなす母ちゃん、こればっかりは跡取りの僕にも真似は出来ませんでした。





























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