第3話

髭を生やしたおっさんが俺を見下ろす。


「君なら、もしも…もしも君が助けたことで後ろ指を指されるようなことがあったらどうする?」


と俺を上から見下ろしながら問う。


「………」


俺は答えられない。頭では何か思いつくのに、まるで魂だけ分離してこの状況を傍観しているような感じ。


俺の答えはこうだ。


(……………構わない、だ。多分)



今日の朝も寮長に無理やり起こされて食堂に向かう。


そして、またもや何気ない寮の奴らからの「また寮長に……」のやりとりをして学校に向かう。もちろん横にも、後ろにも、前にも、人がついていない。1人だ。


別に友達が欲しくないわけではないが、気の合うヤツがいないだけだ。

俺の歩幅に自然に合わせられるヤツがいい。

どいつもこいつも話し出すと女みたいに歩くのが遅くなりやがるから好きになれないんだ。


まだ閑散とした校舎に足を踏み入れる。

これが夜だったら雰囲気が出るのかもしれない。

(そんなことする機会などないだろう)


俺は階段を上がり、教室の前まで来る。

ちらっと見える引き戸の小さな窓から彼女が見える。


(またか……)


数秒悩んだが、それも面倒になりドアを開ける。


ガラガラガラガラ……。


俺は今度は彼女の方は見ないでドアを開け、すぐさま自分の席に向かおうとするが……。


「あっ、おはようございます。


これはこの言葉で上半身を素早く彼女の方へ回転させる。そして、驚く顔をする。


「あっ、え、ええと…お名前で呼ぶのは嫌いでしょうか?」


彼女がおずおずと聞いてくる。


「い、いや別に、そ、それはいいんだけど…何で俺の名前を?」


それで彼女は少し顔を赤らめて


「昨日、あなたが名乗ったので…」


うつむいたまま答える。


「そ、そうか…」


俺は続きの言葉が言い出せない。

あのあと…


『じゃあ、お前の名前も教えてくれないか?』


とか、言おうと思ったがぶしつけすぎたと思い声にならない。


会話が途切れると自分の席につき、いつも通り窓の外を眺める。だが、俺は窓の景色などに全く焦点があってなかった。

あったのはさっき言えなったことへの後悔のみ。


徐々に校内が賑やかになり、様々な声が飛ぶ。

ぼっちの唯一、得意技とも言ってもいいものは聞き耳をたてることである。これは自信を持って言える。

ぼっちは情報の波に取り残されてしまう。必然的に。

だからこそ、他人から情報収集は大事にしなければならない。

今日も周りから聞こえてくる。話し声の中から重要そうな話し声の集団に集中する…。


「なぁ、聞いたか。うちに転校生が来るらしいぜ!」

「マジかよ。どんなヤツが来るんだ?」

「それがよ。結構遠くから来た人らしいぜ」

「重要なのはそこじゃねぇだろ!性別だよ、せ・い・べ・つ、S《エス》、E《イー》、X《エックス》!」

「それがさ……」

「………」


(何だよ集中して損したぜ)


俺は途中で聞き耳をたてるのを諦めた。俺にとっては性別は大して問題ではない。

重要なのは俺にとってどういう存在になるかどうかだ。

まぁ、大丈夫だ。そう思おう。


あくびをかき、期待の?ホームルームが来るまで寝ることにした。


………シーン


珍しくあたりが凍っているような、張り詰めた空気で目を覚ます。


(何なんだ、これは)


俺は警戒して辺りを目で見渡す。

特に授業風景のような感じであるが……。


時計を見るが、ホームルームまでまだ5分もある。いつもなら、ギリギリまでだべってる声がうるさく聞こえているはずだが?

しかもよく見るとクラスの奴らに緊張が見える。


(一体どうしたんだ……?)


気味が悪くなるが、ここは鍛えられた精神で警戒する。

座りながらも何が起きるかわからない状況にすぐにことが起きた時に対応できるように準備する。


俺は机に引っ掛けてある剣の鞘をそっと音を立てずにとっていつでも抜けるように座りながらも構える。

そして、ここから考えられる侵入経路に注意を向ける。


そして、俺から見て反対側の扉からゆっくりと開けられていく。

俺は息を飲んで構える。


扉から入ってきたのは、担任のサユリ・ベイフォード


この学園でも知っている先生の中ではクラスだと言っていい。


俺は先生の中でも彼女にだけは頭が上がらない。


扉からもう1人いることがでわかる。

その1人が教室に入ってくる。

クラスの奴らが彼女に釘付けになっている。それほどの美貌…とやらを持っているのかもしれない。


「彼女は転校生の鈴原 葵だ。よろしくしてやってくれ」


サユリが彼女に自己紹介を促す。

彼女は先生に返事をしてクラスの方を向く。


「私は鈴原 葵です。…ええと…途中からの編入ですけど…よろしくお願いします」


彼女はお辞儀をする。クラスの奴らは力のない拍手を送る。

彼女はなぜかその周りの反応にキョトンとしていた。まるで頭の中で「なんで?」とでも言ってそうな顔だった。



「………で、なんでこうなった………」


頭を抱える。当然だ。なぜこんなこと、ぼっちの俺が勤めなければならないのか。

これはクラスの委員長がやることだ。と思う。


俺の隣には先ほどの転校生。

横から見てもとてもワクワクしている。


(そもそも先生あいつが俺に任せなければこんなことには…)


「ねぇ、どこから案内してくれるんですか?」


歩きながら、そう尋ねられる。呆けていた俺は、尋ねられてから数歩歩いたところで止まって、彼女に体を向ける。


(うわっ、話しかけられたよ〜。どうすればいい、俺⁉︎)


選択肢1、「んなもんしらねぇよ。その辺に書いてあんだろ」と適当に歩く。

選択肢2、「え、ええと…どこからがいい?」と下手に出てみる。

選択肢3、「………」と無視する。


(3はないな。べ、別に気になるとかじゃねぇし!嫌われたくてこんな性格してないし。だ、だとすると…1か2だが……なんかぴんとこねぇ!)


「どうかしたんですか?」


硬直する俺に上目使いで見てくる。


「あ、いや、なんでもねぇよ。さぁ、行こうか」


と、少し早歩きになってしまう。

彼女にこのスピードは辛く「ちょ、早いですよ」と言われて、俺は我に帰る。


…………………………。


………………。


………。


結局、ぼっちの俺がうまくなど案内できずにただ、場所を教えることしか出来ずに、一階ずつ上がって行って最後の屋上にやって来た。


「うわぁ」


彼女がそんな声を出す。そんな声に自然と俺の口が開く。


「ここは、景色が綺麗なんだ。俺は昼休みになるとよくここで飯を食う」


自分でも声を発したことに驚く。口までは抑えなかったが。


「確かにそうですね〜。すごくいい眺めです」


しばらく彼女は手すりにつかまり、雄大な自然の景色を眺める。

彼女が見ている手前に俺は立っている。

俺は景色を見ていた。

そして思った。



綺麗だ………。と。



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