第40話 偵察
ドアを叩くノックの音。
「良いぞ」
「失礼します」
うやうやしく、腰を折ったまま入ってくる初老ほどの執事。
「お呼びでしょうか?マイザー様」
初老の執事は一礼し、口を開いた。
マイザーは誇り高き貴族の生まれだ。若くして父からのナーシュバルツ南東、コンウィルの自治権を与えられ、今に至る。コンウィルは王都からは山で隔たれているために情報、人の行き来が少なくあまり王都からの影響力があまり及ばない。それ故にある程度、その地に関してはコンウィル自治の貴族たちに一定の裁量権が与えられている。
ここは東洋人がもともと住んでいたところだったこともあり今も東洋人が占める割合は高い。
「王都はどんな感じだ?」
「はい。女王メアリー様は差別撤廃をより強固にするべく、自らが東洋人と婚姻を交わすことでその流れを広めようとしているようでございます」
「ふん!……こざかしい。東洋人を我々と同等に扱ってもらっては困る。あやつらには、ただ無心に働いていればよいのだ」
「マイザー様。今のお言葉、あまり外では言いふらさぬようー」
「分かっておる!しかし、そうなると逆に我らの立ち位置が危うくなるというもの…。なんらかの対策は講じておかなくてはならない……そうだろ?」
マイザーは口の端を吊り上げ、そう執事に尋ねる。
「確かに、この土地は東洋人が多い故に反乱でも起こされれば我々が不利になります」
「兵を集めておけ。それと、その婚約者を探れ……そしてあわよくば……分かるな?」
「は。かしこまりました」
初老の執事は再び一礼すると「失礼します」といいその部屋を後にした。
クオーク学園にて。
ここは、学校だ。魔法を持つ者もいれば普通の人もいる。ここでは、魔法を学ぶということはなく、普通の教育を受ける。
そんな学校に進学できたのにもかかわらず、魔法ときっても切れない生活を送っている。自分の想像していた生活とはかけ離れているのだ。東洋人の名誉が…とか、そのために女王と結婚…とか、俺には荷が重すぎる。正直、耳にすらしたくなかったくらいだ。俺の理想は平和。自分の周りだけ平和であればあとはどうでもいい。というか、どうにかできる訳ない。
一応、メアリーの一週間留学は途中で終わり今ここにはいない。が、婚約破棄されたということは聞いていないのでまだ進行中であると考えていいだろう。
俺はため息をついた。
「蓮。お昼一緒に行きましょう?」
「ん?俺は一人でいいから。友達と行ってこいよ」
考え事をしているうちにどうやら昼休みになっていたようだ。いつものようにフィーに誘われるが当然のように断る。社交的なフィーベルは俺みたいな根暗にわざわざ付き合う必要はないのだ。一緒に昼飯を食べる相手だってたくさんいる。
「きょうは友達にも断られてしまいました」
「あ?」
苦笑いをするフィー。いつもつるんでいる女生徒たちの姿はもうなかった。
「なんかやらかしたのか?」
「いえ、普通に喋りましたし嫌われた…訳ではないと思うのですが、お昼は一緒にはできないと言われてしまいまして…」
彼女たちなりの気遣いなのか、それとも俺に関わっているせいなのか…。
「はぁー。分かった…じゃあ葵と…っていねぇし」
席を立ち、いつもの
屋上にヒトはいなかった。これは、好都合であるが単に風が強いから敬遠されているという立派な理由があるからだった。それでもほぼ確実に一人になれる場所があるというのは好都合に他ならない。
適当な場所に背中を預け昼飯にする。今日は適当にパンだ。
「蓮はいつもお昼はパンですよね?」
「いつもじゃないぞ。たまに米だったりするぞ」
フェンスに背を預け、一口。今日はドックパンだ。フィーは当然のように俺の隣に座る。
「え?蓮がパン以外をお昼に口にしているところを見たことがありません」
「そうだな…確かにそうかも」
「ではお米を食べてください」
そう言ってフィーが手作りと分かる弁当からご飯を差し出す。
「お前のだろ。悪いだろ(お前がさっき口つけただろうが……)」
「私は大丈夫ですよ、全然(先回り…ふふっ)」
「いやいや……」
「ほらほら〜」
グイっとご飯を差し出される俺。のけぞって避けていたがこれ以上は限界だった。
「えい」
「んぐっ⁉︎」
タイミングを取られ、口を開けた瞬間に米を突っ込まれた。
そこまできてしまっては腹を括るしかない。とてつもなく恥ずかしいが…。
仕方なく咀嚼する。なぜか入れた方は誇らしい笑顔だ。
(なぜそんなにニコニコできるんだ?鈍感にも程があるだろ……)
憎まれ口を考えてしまう。
「平和ですね」
「そうかぁ?」
フィーが唐突にそんなことを口にした。
フィーの方を見る。彼女は特に何もない空を見ていた。ところどころ雲はあるものの概ね晴れている。
蓮的にはこの状況がまさに平和ではない。
「緊急連絡だ。羽倉坂蓮」
空間が歪みジュークが現れた。音がしなかった。
(俺はきっとあれにやられたんだろう…)
ジュークにやられた出来事がフラッシュバックする。あれはまさに瞬間移動だろう。蓮のものとは比較にならない。
蓮は瞬間ではあるもののそれはヒトにとってという条件付きということになる。スーパースローで撮ればちゃんと移動している蓮が映し出される。対してジュークのものは空間の歪みしかない移動だ。相手の死角に入り歪みを見れないところに出れば確実に背後をつけるということになる。
これ以外にも奴は何か奥の手があると蓮は睨んでいた。
「それで、緊急って?」
「コンウィルからお前を狙って刺客が来るという情報を得た」
「はぁ?」
淡々と話すジューク口ぶりで嘘ではないと思える。単に任務として述べているように感じる。つまり、嘘だろうが本当だろうがそれはジューク自身の改ざんではなく、他の者がジュークを伝令として使ったに過ぎないということだ。
「暗部の長から伝えるように言われた。それだけだ」
ジュークはそれだけを言い残し、消えていった。
「いけすかねぇ…」
蓮はどうにもあの感情のない奴が嫌いだ。何を考えているか分からないからだ。故に今の情報も本当に鵜呑みにしてもいい物なのか考えなければならない。それが嫌いという気持ちを増幅させる要因になっていた。
「暗部の長って言ってましたね。信頼度としてはかなり上がったと思います」
「ああ。確かに…な」
最後のセリフによって彼の発言の信頼度が増した。完全な100ではないもののだいぶ信憑性のある情報だっただろう。
「しかし、なんでコンウェルなんだ?」
蓮もコンウェルがどこにあるのかは把握しているが、別段治安が悪いなどの報告は聞いたことがない。確かにナーシュバルツの支配からあまり影響が薄いということはあるが…。
「確かコンウェルは東洋人の方が多くいらっしゃるところですよね」
「確かに……な」
蓮はあることを思い出した。
アレを思い出すと胸が痛くなった。
俺の膝にフィーベルが手を置いた。彼女の方を向くと……ただ、笑顔で大丈夫と伝えていた。
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