第32話

 フィーベル的にはとても面白いことではなかった。自分の騎士ナイトを取られたのだから。


(ぐぬぬぬぬぬぬぬ……)


 いくら王女とはいえこれだけは譲れないのだ。

 絶対に取り返すと誓い教室に戻った。





「ねぇ、あんた。王女とどうなったの?」


 放課後。いつもの屋上に俺が寝ていると葵がやってきて開口一番ど直球質問をぶつけてくる。ここで求婚されたなんてめんどくさくなる事は分かりきっているので、あえて言わないことにする。もしかしたら暗部にはそれとなく情報が流れているかもしれないが…少なくとも葵にはまだ流れていないと考えるべきだろう。


「なんでもねぇよ。普通に暗部に戻されたんだよ。んで、知らねぇけど女王の護衛任務につかされてるんだよ」

「じゃあなんで王女がこの学園に来る必要があるの?」

「それは…」

「私が来たいと言ったからですわ」


 理由を考えているところへ扉が開き、メアリーが口を開いた。


「陛下……。お言葉ですがこのような者が護衛では命がいくつあっても足りません。即刻もっと上の暗部を護衛につけるべきです」


 葵は女王に物怖じせず、背筋を正しながらも意見する。そんなことをして機嫌を損ねられたら文字通りの首切りかもしれないのに……。

 当然だと感じているので口出ししない。自分でも力不足だと思う。


「いいえ、私がでなければいけないとお願いした方なのよ。もちろんあなたのような意見も当然ありましたが無理を通しましたの」


 メアリーは堂々と言い切る。自分には汚点はないといった自信のほどが感じられる。


「陛下はこの国の象徴たるお方なのですよ。それがこんな僻地へきちにいたのでは国民が不安がります。そしてそれはあなた方への不信感に繋がってしまうのですよ」


 葵の言っていることも当然のことだ。いくら女王といえども好き勝手にして仕舞えば、国民の反感が高まり即刻追放、または殺されるなんて事は昔から多々あった。その二の舞になると警鐘を鳴らしているのだろう。


「では、貴方には本当のことを言いましょう」

「ちょっと待てここでは波風は立てないとー」

「和平のためにこの者を婿に迎えます。その彼のことを知るためにここに来ました」


 俺の抵抗虚しく、他の生徒もいる中で堂々と口を開くメアリー。葵も含めてこの発言を聞いた人すべての思考が一瞬フリーズした。


「……マジかよ」

「こいつと⁉︎ 和名なやつとか?」

「血が汚れてしまうわ」


 などといろいろな発言が飛び交う。

 一瞬、葵に鬼の形相で睨まれる。本当に一瞬だったがマジで殺しかけない目だった。


「………陛下はその者と結婚することで和平になるとお考えなのですか?彼は何も名声もない東国民ですよ。それは陛下にとってとても危険な選択だと考えます。もちろん、差別がなくなるのは同じ東国民として嬉しいですが……何かしらのひずみが生じてしまうのは日を見て明らかです。どうかお考え直しくださいませ」


 葵がこうべを垂れて口を開く。やはり東国民でさえも陛下の考えに前向きには考えられないようだ。


「では。貴方には何か策があるのかしら?この国が真の意味で差別のない国になるために」

「……今はまだそのようになるには不可能と考えます陛下。自分の力不足です」


 下を向きこうべをたれる葵。表情からは窺えないが相当悔しそうである。

 俺だって本当の意味での平等になって欲しいとは思う。俺が言えることではないが、差別は相当なものなのだろう。


「蓮の実力を証明すれば、民たちも納得するのではないでしょうか。それを公表するというのはいかがでしょう」

「それは機密文書にも関わるのであまり公にはできないのではないのでしょうか? 蓮が暗部所属だったというのがせめてものでしょう」


 暗部というからにはあまりいいやり方での活動はない。不正を働いた貴族の暗殺だとか、内乱を鎮めたとかあまり全ての方面に対してよくやったぞと褒められるような内容ではないのが現実だ。俺は特に突出して暗殺任務が多かっただけにある方面に関しては恨まれている対象としているだろう。それが表になっていないからこそ俺は命を狙われずにいる。


「これではジリ貧です。やはりこれは蓮の実力を皆に知ってもらった方が納得するでしょう。……なにかお困りのこととかありませんか?」

「それでしたらお嬢様」


 いきなり背後からメイド長が出てきてメアリーに耳打ちした。


「では。この辺りには最近、巨獣鳥きょじゅうちょうが農作物を荒らしたりしているそうです。それを蓮に退治して貰いましょう」

「………」


 もちろん嫌だったが、女王の命令であれば逆らう余地などないことは分かっていた。いや、学習したと言った方が正確かもしれないが……。

 皆が一様に笑いながら賛成する。面白がっている奴らが大半だ。彼らの頭の中には俺が傷を負っている場面がさぞ思い浮かんでいることだろう。

 対照的なのはフィーと葵だ。葵は頭を抱えてため息をついているが、フィーはとても誇らしく笑顔を見せている。


「では、私の期待に応えてくださいね、蓮」

「へいへい」


 女王のお言葉に生返事で答え、提案を受け入れることにした。

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