第26話
まだ少し頭が脈を打っているものの、動けないほどの痛みではないのでゆっくりと体を動かす。
一応、逆指名ではあったものの間接的にあいつの護衛を許諾してしまったことに面倒くささを感じている。でも昨日みたいになってしまうよりはいいと思っておくことにする。
蓮は荷物を持って寮の食堂へと足を運んだ。
「ちょっと起きな……いない」
寮長が蓮の部屋をいつものごとく開け放つが、蓮がいないのを見ると「今日はどうしたのかしら」と首を傾げた。
無難に朝食を済ませた蓮は学校へと向かうことにする。さっと見渡してみたが、昨日の惨劇を見たものはいなさそうだ。
「ちょっと」
「ん?」
後ろからの声に振り返る。
そこにはいつもムスッとした顔の葵がいた。探さなくて済んだことは良かったと思う。
「どうした?」
無難に返す。少し恥ずかしさもあっていきなりありがとうは言いづらかった。
「分かってるでしょ。昨日のことよ」
「ああ。サンキュな、後始末までやらせて。あと、俺を運んでくれて」
「あんなの…大したことじゃないわ。それよりも、あんなことができるあなたをますますとどめておくのは惜しいと感じたわ」
「おいおい。あんなの暗部にはごろごろいたろ? いまさら俺がいなくたって成り立つって」
そう言って歩き始める俺の進路を塞ぐように葵が回り込む。手まで出して俺を制してくる。
「じゃあどうしてフィーベルを守ろうとしたの?いつものあんたなら誰かがやってくれるって後回しにしてもおかしくないわ」
「あれは……」
そう問いかけられた途端にあのジジイにされた質問が頭をよぎる。まるでテレビのノイズの中に入ってくるような嫌な感じだ。
『正義とは、なんだ?』
そんなの知らねぇ。
「反射神経だよ。勝手に死なれちゃ後味悪いだろうが」
「それは反射とは言わないと思いますけどね」
「そこうるさいぞー」
後ろからの声についつい反応してしまった。
言った後に振り向くと、フィーベルが満面の笑みで俺を見ていた。
バツが悪くなって、学園に向かって歩き出す。
後を追って、何か俺に訴えてくる葵だったがそれを完全無視して学校へと向かった。さぞかしフィーはその姿を笑って見ていることだろう。
少しフィーに対して悔しさがにじむ。それこそ、フィーが葵を焚きつけたんじゃないかと思ってしまうほどに……。
放課後。俺は葵に声をかけられる前にそそくさと教室を後にし、屋上へと足を運んだ。
ここ、ドリューブルはナーシュバルツの最南端にあるだけあって王都よりは栄えておらず、また山に囲まれているせいか情報が入ってくるのも気持ち遅かったりする。
けれども、山に囲まれているからこそ自然の資源は豊かで水は冷たくて綺麗だし、この屋上から眺める四季折々の色を変える木々が華を添え、風が気持ちいい。
ここに寝そべって昼寝をさせてくれたらどんなにいいかと考えたことはあるものの、先生の目があるしやるにしても放課後になってしまうのだがそんな頃に屋上に上がるのが面倒くなる。
つまり、この時間が俺にとってのオアシスなのだ。
なのに……。
「蓮ーー」
この犬のようにベタつく奴がいるせいで、雰囲気が台無しだ。まさに白い髪も際立って白犬に見えてくる。こんなのがヒーラーなんだから呆れてくる。
「おい、あんま近づくなって……え?」
頭から突進してきた白犬をいなした瞬間、空の色が変わった。一瞬にして結界が張られたことが分かる。
「おいフィー。何が起きてるか知ってるのか?」
「いえ……そんな情報は聞いてません」
さっきまで晴れていたのにいきなり空が茜色に染まった。その雰囲気がどことなく不安を煽る。
「でも、結界を張れるやつってことは俺はリーシャしか知らねぇぞ」
「ええ……私もです」
ゆっくりと屋上へつながる扉が開く。
そこから、葵、リーシャ……と黒いマントを深くかぶった者が現れた。
「羽倉坂蓮だな?」
「ああ。それが何か? お前も暗部の一員か?」
黒マントの男が一歩前に出る。
「悪いが、正式な陛下の命令でね。力づくでもいいから蓮を連れ戻すようにと言われてきたんだ」
「ほう。で、お前の名は?」
その瞬間に他の二人の様子を見ておく。
葵は罰が悪い顔をしている。あくまでも説得による引き込みを行いたかったようだ。
リーシャは……相変わらず表情が読めん。おそらく、指示されたからきた。そんなところだろう。
「悪かった。二つの質問をされたんだったな。俺の名は……本名は知らないからジュークとでも思っておいてくれ。それで、まず答えを聞こうか」
「知ってて力づくって言ってきたんだろ?」
「そうか……では仕方ないな」
ジュークはマントを勢いよく開いてカードのようなものを取り出した。
「こい。ヴァイス」
カードから黒い煙が噴き出した。
どうやら奴の魔法は召喚魔法のようだ。
黒い煙が辺りを見渡せないほど広がる。こんなにも風が吹いているのにもかかわらず、晴れる気配はない。
そこからしばらくして、黒い影が浮かび上がったところでフィーベルを抱えて屋上を飛び降りた。
「くっ」
獣の咆哮と共に赤い炎が噴射された。その場にとどまっていれば確実に焼き殺されていた。
その場におらずとも、かなりの熱さを感じとれる。
「フィー。お前はターゲットじゃない、俺から離れろ!」
「そうよ。フィーは関係ないわ、早くこちらに来て」
「そうだな。確かに俺への命令はお前を連れてくることだ。後ろの者に興味はない」
黒い霧が消え去り、奴の背後にはドラゴンがいた。漆黒のドラゴンだ。背中には棘が無数にあり、目からは凶暴性が伺える。
この世界にもドラゴンはいるもののほとんど人間世界には現れない。現れるとすれば彼らの縄張りを荒らしてしまったとかくらいだ。
むしろ、それを使役していることこそですら希少すぎる。
「フィー。お前になんかあったら俺がなんかあった時に助けられないぞ。それでもいいのか?」
「でも、蓮が負けるはずが……」
「例え話だ。なんかあった時に俺を助けられんのはお前だけだ」
動かないフィーに声をかける。俺も簡単にくたばるきはないが、確実に殺しに来ているからにはそれなりに覚悟を決めなければならない。
万が一の保険にはフィーという存在はとてつもなく大きな安心材料だ。
「……分かりました。けど、信じてますから……」
「ああ」
わざと自信ありげに言ってみせる。それで安心したかは分からないが、フィーの顔が少し柔らかくなる。
そうして葵の元へ行くフィーを見てからジュークの方へと目線を向ける。
「わざわざ待っていてくれるなんて、ありがたいな」
「私も暗部の一員だ。無用な犠牲は戒められている」
「はいはいそうですか」
「ヴァイス」
ドラゴンが紅炎を吐く動作に移る。だが、その方向にもうすでに蓮はいない。
「おせえ」
瞬時に移動し、ジュークの背後に回る。完全に背後を取った。コンマ何秒の世界で、剣を抜き、彼の首めがけて横に薙ぐ。
「何、 光学迷彩だと⁉︎」
「俺が事前の知識もなく来るとでも思ってるのか? 暗部はまず相手の情報だろ」
剣は虚空を切り、少し映像がブレただけに留まった。これは像であって本体じゃない。
その瞬間にドラゴンのブレスが目前まで迫る。それをなんとか瞬間移動で避けた。
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