第25話

 なぜかフィーに抱きつかれたがその後の記憶はなかった。

 今起きて、いつものベッドの天井を見ていることからしてまぁ、が起こったのだろうと自分自身で納得がいった。

 フィーは非力だから俺をここまで運ぶことは無理。必然的に誰かの援助を頼んだはず。かつあの惨状を他の奴らに見せるわけにはいかないから、頼んだ相手は自ずと絞られてくる。


(あとでお礼言っとかなきゃな……)


 そう思って重い身体を起こした。






 その時間まで遡る……。

 フィーの中で意識を失い、蓮がその場に倒れた。


「ったく。めちゃめちゃ速すぎるのよ…ってこれ……」


 葵が到着し、血だらけの辺りを見渡す。蓮はフィーベルに膝枕をされて意識を失っていた。


「これは、そいつがやったの?」

「ええ、そうです」


 葵の質問にフィーベルは笑顔で答えた。まるで自分がやってみせたかのような笑みだ。

 葵は正反対にこの惨劇に一歩引いた思いを抱いた。戦いだけどこれはやりすぎたとかそういうことではなく、単に血だらけの部屋の中で少女が笑顔でいる光景に少し寒気がしたのだ。

 私はやはりここでならば彼女のような純粋無垢な人であればこの状況は顔を背けうずくまっていてもいいと思う。それだけ場数を踏んでいるということなのだろうとあえて聞くことはしない。彼女がヒーラーだということは上から言われて知っていたし、ヒーラーであるならばそういう場面、そういう患者にも必然的に出くわすはずだと想像がつく。

 ただ、この白い服を着た彼女の容姿を見たらと考えただけだ。


「あいつは寝てるの? やりあったような感じはしないけど……そう。完全にあいつの独壇場だったような……」

「その通りです。ただが起こっただけですよ」

「いつものこと? それは何?」

「あ、えっと……」


 そこに突っ込むとフィーベルはバツの悪い表情に変わった。


「それは言ってはいけない事なの?」

「いえ……ただ、蓮が嫌がるので他言無用にしていただきたいのです」

「ええ……それくらいなら大丈夫」

「ありがとうございます。私が口を滑られたことも含めてですからね?」


 首を傾げて下から覗き込んでくるフィーベル。女の私が見ても少し可愛いなと思ってしまう。とりあえず頷く。


「ええと、何から話しましょう。まず、蓮が使える魔法は瞬間移動のような移動魔法なのは知ってますか?」

「ええ。あれは、瞬時にそこにいるから凄いわよね」

「基本的に蓮が使える魔法はそれだけなのです。基本的には」

「てことは例外がある……ってことね? でも、あいつ魔物と会話してたわよ。あれは魔法ではないの?」


 蓮の魔法は瞬間移動のような移動魔法。それは、対象の座標へ一瞬で移動する魔法だ。以前も話したかもしれないが、加速すれば当然慣性の法則が働き、減速しなければその場へはぴったり着くことは出来ない。

 けれど、それではただの移動になってしまい、一瞬でその工程を終わらせる蓮の魔法は並みの魔法師には出来ない特技だ。


「そうですね。魔法だと言われても仕方ないですが、あれは魔法ではなく蓮が昔、魔物と共生していた頃からの癖みたいな感じになるんでしょうか。実際、本当に蓮の言う通りに魔物が話しているのかは定かではないし、本人もなんとなくそう言ってると言ってます」

「へぇー。じゃあ、これは移動の魔法だけで?」


 葵が周りを見渡して問う。簡単に首を切られている様からして完全に背後を取ったか、あるいは相手を動けなくして殺ったかのどちらかであろう。


「いえ、それだけだとこんなに綺麗にスパッと切ることはできないでしょう。おそらく剣自体に加速の魔法をかけたと思います。けれど、通常の蓮であれば魔法の同時発動は不可能です」

「それは言い切れるものなの?魔法の同時発動はまぁ難しいし、並みの魔法師じゃ出来ないけど、あいつは暗部だから……」


 魔法の同時発動は高等技術にあたる。同じ魔法を別の対象物にとかなら幹部レベルの魔法師ならできるはずだ。これが別の魔法を別の対象物にとかだと話は格段に違ってくる。

 おそらくそんなことができる魔法師は数える程しかいないはずだ。現に私だって同時発動は出来ない。


「けれど、蓮にはリミッターがあってそれが外れると本来の力の何倍もの魔法を使うことができます。まさに無敵状態だと言えば分かりいいでしょうか」

「へぇ、じゃあそれを外れるようにしてやれば凄い奴になれるわけだ。そんな特殊能力どこで……」

「それは、グレーゾーンなので言いませんが、蓮の場合そのリミッターは怒りです」

「あ、じゃあわざと怒らせてやればいいの?それだけで力が出せるんなら救世主もいいとこね。こんなとこで油売ってるのはもったいないわ」


 葵の発言に少し下を向くフィーベル。


「リミッターなので蓮の意識とは別に動いてしまいます。したがって無理に怒らせた場合、対象は怒らせた人となってしまいます」

「え゛。それだと私が殺されちゃうのね。なかなか難しい」

「ええ、倒すべき相手に向けた怒りでなければその力は凶器へと変わってしまうと言うわけです。……しかもこのように力を使った後の代償も大きい」


 倒れてしまった蓮の髪を優しくすく。まるで親子のように見えてきた。

 フィーベルの優しい母性が滲み出ているのが見てて感じ取れる。


「それがこれ……。確かに戦場でこれが起きたら致命的よね」

「これの能力のことは持続時間が今回みたいに数分だったり一日中起こったりとまだ分からない点も多いんですけれど基本的にはそんなことが起こります。ですので、あまり一人では使って欲しくはありません」


 蓮の髪を撫でながらフィーベルは蓮の方に影を落とす。蓮への心配な気持ちが葵にも感じられた。

 私にはそこまでの感情はまだ湧いてこない。けれどもある意味怒らせてはいけないと思うようにはなった。


「そういえば結構私も暗部への勧誘で彼を怒らせるようなことをしていたけどあれでは何も起こらなかったわ。何か違いがあるの?」

「うーん、それは本当の意味では怒っていないからだと思います。やはり怒りといっても程度がありますからまだ葵さんの感じでは怒りのゲージみたいなものが閾値までいっていないんだと思います。ですので、日常生活の中で起きる怒りではその力は発揮されないことが分かっていたので特に誰かに被害が出るなんてことはなかったでしょう?」

「確かにそんな騒動になったことは一度もなかったわ」


 蓮はアイナ先生には目をつけられている感じだったけど、他の先生にはそんなでもなかったし何か噂とかも聞いたことがない。


「蓮の力についてはそれくらいです。彼も能力をコントロールするためにある程度気を使ってるので、何卒ご容赦ください」


 とフィーベルに頭を下げられた。


「そんなこと言われちゃうと、こっちも困っちゃうわ。でも、少しは努力するって事でお願いします」

「ええ、ありがとうございます」


 その後、蓮を自分の部屋まで運んだ後、死体と血を掃除してもと通りにした。

 血は収束魔法で浮き上がらせた後、固めて水に流し、換気して匂いを発散させた。これで腐った匂いはしなくなるはずだ。

 死体は素性を調べるためにゴードンに連絡して暗部に引き渡すことにした。

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