第18話

 葵が俺に対して怒ることはまぁ、仕方ないと先に行ってしまった葵を追いかけるのは諦めることにした。それに、走って余計な汗をかきたくはない。


「蓮さーん」


 遠くからフィーベルの声がして振り向く、とても辛そうだが、一生懸命に走っている。少し微笑ましくなるほどに。


「おう、走って…どうした?」

「どうしたじゃないですよ。私を置いていくなんてひどいです。サユリ先生怒ってましたよ」

「え!? まじか!」


 顔が青ざめていくのを感じた。サユリ先生はマジで怒らせると怖い。なぜあんなに恐怖をこちらに与えることが出来るのか……とにかく先生を怒らせると不良がビビり散らすほどにヤバイのは一年の時に散々体験した。それによって、この学園には不良と定義される生徒はいない。


「あとでゲンコツかなぁ……それじゃ済まないかも……」


 肩を落とす俺にクスクスと肩を震わせて笑うフィー。どこに笑えるところがあったというのか……。


「ふふふふ……。本当にサユリ先生には頭が上がらないのですね。皆さんの言う通りでした」

「ど、どういうことだよ…」

「ふふ、皆さんがサユリ先生が怒ってたと言えば、誰でもビビると教わったので、蓮さんでもなるのかなーって思ったのです」

「おまっ、俺をからかったのかー……グリグリグリ〜」

「きゃー!? いたいですーー…いたいですーー…ごめんなさーい…も、もうしましぇん!」


 フィーの頭にすかさず握りこぶしでグリグリしてやる。流石に応えたのか、やめた後もしばらくうずくまっていた。罪悪感も湧かないわけではなかったけれども、それだけサユリ先生は畏怖の存在だということだと身をもってフィーにも感じてもらったということにしといた。


「でも、サユリ先生はそんなに怖いようには思えないのですけど。実際、どうなのですか?その、本気を出せないから単純な体術では勝てないということなのでしょうか?」

「フィー、まさか知らないのか。サユリ先生のこと」

「はい、存じません。蓮さんがそう聞くということは相当すごい方なのですね」

「ああ……なにせ、元女王付き近衛隊長にして、軍のトップだったお方…だからな…。若い者に譲ると言って、第一線は退かれたけどああして教育者をしている。現役時代には半径五メートル以内の敵を一瞬にして血祭りに上げたと言われている。歳はくったけど力は衰えてないはずだ」

「それは…す、凄まじいヒトですね…もう、私たちとは別の存在のような気がしてしまいます」


 フィーは首をカタカタさせながら俺の言葉に頷いた。暗部でも一瞬でれる奴なんていない。しかもそれが半径五メートルの敵全て…常人じゃないのは明らかだ。普通に考えてなんらかの魔法を使っているということは非を見て明らかであるけれども、何せ魔法は秘匿部分が多い。間近で見たとしても、どのような魔法を使っているのか分かるすべもないだろう。

 また、それが分かった…としても果たして分かった…ところで他人にも実現できるのかというのが甚だ疑問だ。もっといろいろなことが重なってのその武勇なのだと蓮は考えていた。


「分かりました。さ、サユリ先生にはもっと敬意を持ってお話しすることにします」

「ああ、そうしてくれ。ところで、置いてったこと以外に怒ってるだろ?」

「やっぱり、蓮には分かってしまうんですね」

「当たり前だろ。何年つるんでたと思ってるんだ」

「じゃあ、何に怒ってるかも分かってもいいじゃないですか?」

「いや……それはな……」


 フィーとはもう、幼少期から一緒に行動を共にしていた。これ三年間は一緒じゃなかったとしてもそれで彼女の容姿は変わるかもしれないが、性格や根本を変えるには至らない。

 ただ、怒っていることは微妙な話し方や表情で読めても、どうしてかは分からないことが多かった。

 これは、誰に対しても起こる。

 だから推測はするのだけど俺に関してはその的中率はそんなに高くなかった。

 三割くらい……だと思う。


「だから蓮は敵が多いのですよ……」

「え? ごめん、よく聞き取れなかった」

「なんでもないですー」

「だからなんで怒ってんだよ……あ、勝手に行くなって……」


 そのボソッとした声が聞き取れなかっただけで、ますます怒らせてしまった。

 そこだけは何年も付き合ってて分からないところだった。

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