第17話

 そして屋上にやってきた。風がなびき、少しの肌寒さを感じさせる。


「うわぁ……」


 フィーベルはこの景色に感動したのか、まるで子供のようにはしゃぐ。


「おいフィー。はしゃぎすぎて落ちんなよ」


 一応、忠告だけはしとく。誰だって子供心に戻りたいことだってあるからあんな風にはしゃぐのを止めようとは思わない。

 むしろ、この景色をあんな風にくるくる回って気に入ってくれたことに少し嬉しさも感じていた。


「子供じゃありませんから分かってますー。あと、フィーは子供っぽくありませんかー?」

「ん?前んときからそうだったろー。嫌なのかー?」


 少し風と距離あるせいか、二人とも少し声を張り上げている。

 フィーという呼称は俺がつけたのではなく、フィーベルと出会う前からそう呼ばれていたからそう呼ぶようになったのだ。


「いえ、そうじゃなかったらいいんですー」


 フィーベルはそう言って色々な角度から見える景色を楽しんでいた。

 俺は四角の一つに腰を落ち着け、寝転ぶ。そして目を瞑る。まぁ、いつもの日課だから特に連れがいるからって何も思うことなんかはない。

 こうして風を感じながら何も考えず、のんびりして平和を感じるのが俺にとって何より至福のときだ。かつ、何か考え事があったときなんかもこうしている方が、落ち着くのでいい。

 ざぁーという草や木の葉っぱの音を感じながら、ゆっくりとした時間を過ごす。

 葵が来てからというもの吸血鬼騒動のせいでろくにこんなことが出来ずにいた。

 久しぶりのことだからこそ、より心地よく感じるのかもしれないと思っていたところになにやら俺にはない感触ができた。おそらく、フィーが寄り添ってきたのだと思う。こいつはいつも甘えん坊でなぜか俺にだけ、肩を預けたりしてくる。


「おい、フィー。離れてくれるか?」

「いやですぅ。久しぶりの蓮の感触なんですから、離しません」


 フィーがそう言って顔をスリスリしてきた。彼女の伸びた髪が首にサラサラと触れてきて身体がブルってしまう。

 まるで完全に懐かれた猫のように思えた。本来ならば、男の俺に来るわけはないのに、俺だけにしてくれる仕草というものに特別感みたいなものを感じていた。

 ただ、このような時がいつまでも続くわけもなく、容赦なく予鈴がその時を終わらせてくる。そこは、サボればと思うのだろうがなにせ先生がサユリ先生だ。サボれば何倍も面倒なことになるのは目に見えている。

 すっかりふやけてるフィーを起こし、教室に戻ることにした。





「はい、長官。ええ、はい。あ、吸血鬼の件ですか。いえいえ、私は……ほぼほぼ蚊帳の外でしたよ」


 吸血鬼を倒したことにより負傷した蓮に歯がゆい思いをしたのは葵にとってより色濃く残ってしまっていた。

 結界のせいで中に入れなかったが、もしあれが二対一ならば……などと考えてしまうのと同時に足手まといになってたかもなんて考えてしまう自分がいた。

 それでいて報酬は全て自分が手に入れられるのがさらにこのモヤモヤした感じを助長させていた。

 そして、やはり実感させられる蓮と私の実力の差……。彼は、あれでいてまだ奥の手を残している気がした。

 魔法はそこそこなどと彼に言っておきながら、実は都の魔法学院の時は魔法適性は他の生徒と違って上の方だと自負していたほどだった。

 それがこうもあっさりと実力の差を感じさせられるとため息もつきたくなってしまう。


『ハハハ、プライドの高い君のことだ彼の強さに少し苛立ちがあるのではないかな?』

「……認めたくはありませんが、そうなのかもしれません。あの人といると自分がまだまだなんだということを痛感させられました」

『そうか。まぁ、彼は例外中の例外だ。あまり気にするなと言いたいところだけど、その例外の集まりが暗部というものだからね……そこはなんとも言えない。君を安易にぬか喜びはさせたくないしね、これを機に精進してくれ』

「はっ」


 電話越しではあるが、敬礼してしまう。少し恥ずかしくなって、周りを見渡してしまう。幸い誰もいなかった。


『うむ。じゃあ、蓮の勧誘は続けてくれ。それと、フィーベルの方はどうなっている』

「ええ、彼女はふつうにクラスに馴染んでいるようですが……」

『ああ、それは何よりだ。あの子は幼い頃から戦争に駆り出されているから、少しはこういう普通の生活を送って欲しくてね……。ついでに君と同じ命令も出来ればってことでお願いしてるけどね』


 彼女がヒーラーだということは転校前から聞かされていた。であるからして、戦争に駆り出されることもあったのではと想像してはいたものの幼い頃からとは思っておらず、驚いた。


『君も出来れば同じ暗部のメンバーとして仲良くしてやってくれ』

「はい!」


 では。という長官の声で電話が切れた。






 放課後。特にやることもないので帰ることにする。

 フィーベルだって、早々と女友達に囲まれているし、俺が心配することなんかない。

 俺はフィーベルの視界に入らないようにそそくさと教室を後にすることにした。

 色々と暗部メンバーとの関わり合いが多いが、俺のやることは依然変わることはない。普通のと同じように学園に通って、なんとなしに過ごして、寮に帰る。つまり、日常それに尽きる。

 校門に近づくとあからさまに待ち人を待っている葵の姿が目に付いた。

 暗部の事以外、彼女と関わることなんてない。暗部には行く気はないとはっきり伝えてるし、いくら譲歩を受けたとしてもあんないつでも死ねる職に戻りたいとは思わない。


「ちょっと。バレずに行けると思ったの?」

「あー…俺に用なの?」

「当たり前よ。目線で気づかない?」

「いや、まぁなんとなくは分かるけど……」


 葵はムスッとした表情でさも分かって当然だと言ってくる。いやいや、俺じゃないかもしれないだろ?とかは屁理屈になって拳がくるかもしれないので、喉元で留めておいた。


「で。用って?」

「ええ、暗部の事よ」

「またそれかよ。俺は戻らないっていってるだろ?たしかに前は世話になったかもしれないけど、それはそれだ。恩を感じてはいるが、それではいわかりましたと戻るつもりはない」


 静かに言い放ち、歩き出す。

 当然、それで諦めるはずもないし、そもそも帰る場所が一緒なので付いてくる。


「あのフィーベルって子、どうなの?」

「どうなのって?」


 どうなのと聞かれてもどのように答えればいいかわからず、問い返す。


「彼女とは知り合いだったの?」

「ああ、そうだな。俺が暗部にいた頃の同期だ」


 取り巻きには聞かれなかったから言わなかったけれど、別に聞かれて困る間柄でもないので素直に答えた。もし取り巻きからであれば直接暗部とは出さなかったけれど。


「フィーベルさんはどうしてあの歳で暗部にいるの?」

「それはお前だって同じだ……す、すみません」


 殴られそうになって、すぐに謝った。


「それで?」

「ああ、フィーはヒーラーなんだよ。それで、俺たちの任務とかに駆り出されてた。もちろん、その前には戦争にも行ってたらしい」


 葵もヒーラーの現状についてはよく分かっている。表情を見る限り納得したみたいだった。


「……フィーって、呼んでるの?」

「ん? ああ、昔っからの愛称なんだよ。あいつの」

「ふぅーん」


 なぜかジト目を向けてくる葵。別に何か機嫌を損ねる言葉を発してしまったのだろうか……。

 葵は、なぜか俺といると妙にプリプリして怒り出すのでサユリ先生と寮長と同レベルで要注意人物だと俺の中で格付けされている。この三人の逆鱗に触れないようにすれば日々を穏やかに過ごせるといっても過言ではない。


「ずいぶんと親しいんだね。愛称で呼ぶなんて」

「え? あー、実は本人にちょっと変かもとか言われたからなぁ。やっぱ、やめたほうがいいのか?」

「そのフィーちゃんがいいって言ってるんならいいんじゃない。フィーちゃんが」

「お、おい。どうして怒ってるんだよ? お、おいってば」

「ふん」


 葵はますます怒り出し、先に行ってしまった。

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