蓮の過去

第16話

 本当の事務処理…的なやつを葵に丸投げした。当然そのことにも噛みついてきたが、俺は暗部そっち所属じゃないということを強調し、報酬もいらないと答えると渋々ではあるが納得してくれた。

 なんども言うが、あの組織はもういい。

 そうして、そんな一日が過ぎていったのだった。




 魔法…異能力とも考えられるその産物は長い人類史の中でもごくわずかのものしか扱えない。

 それゆえにそれを使える、使えないで簡単に人間の優劣が決まってしまう。そのまま優劣が差別、あるいは区別という言葉に置き換わるのは後から考えれば当然だと思えることだろう。

 さらに魔法を扱えるものでもどうしてか優劣は起こり得る。例えば、炎を扱える、水を扱えるだけでもかなり異なる能力と言える。ただし、一概に魔法の何々が使えるイコール強い、優れているというのは昔なら難しかったそうだ。

 今は、MP(マジックパワー)などの具体的な数値化された指標のおかげと言っていいか不安だが、はっきりとした差で優劣が付けられている。

 数多くの魔法が人によって研究され、使われている時代で、特に貴重とされているのがヒーラーだ。人の傷口を一瞬にして治したり出来たりする者はある種神様に近い扱いを受けていたりする。

 そんな回復魔法が扱えるものは、俺が知る中で一人しかいない。それほどまでに使えるものがいないのもヒーラーの特徴でもあるのだろう。

 したがってこれを扱えるものはほとんどが徴兵されて行ってしまう。まぁ、傷口程度なら一瞬で治るのだから、国単位で考えればある種その人たちの数のみで勝敗が決まってしまうといっても過言ではないのだろう。


(……まぁ、戦争がほぼほぼ起こらない今、暗部にもヒーラーがいたりするしなぁ)


「あー、やめやめ」

「じゃないでしょう?」


 二度寝を決めようとした手をがっしりと掴まれ、毛布を剥がされる。

 結局、逃げ場はないようだった。




「そういえば、お前は魔法使えんのか?」

「ちょ!? あまりそういうことを普通に聞いちゃダメでしょう?」

「おおう…悪い」


 まだ、世界的には魔法使いはあまり表向きには存在しない事となっている。

 世間一般には魔法ではなく、異能力として捉えられる場合がほとんどである。したがって、魔法も極力公にしないことが原則ではあるのだけれども、現女王がそれに関する情報を国全土に公表してしまったがためにこれからはどうなるか分からない。

 結局、民による粛清を恐れた魔法師たちは秘匿を守り続けている。実際にごく少数村では焼け死にされてしまった魔法師もいるみたいだということを噂で聞いた。

 一方で、魔法に関する研究も行われるようになった。人々のなぜ魔法が使えるのか、どのような原理で魔法が使えるのか、などを解明しようとしている。

 ただし、行き過ぎた研究に関しては国の粛清を受けている。まさにこれが暗部の活躍どころだ。

(例えば、ただの人間を魔法師にしようとする研究とか……)


「魔法は…まぁ普通くらいだったわ。あなたみたいに優れた才能はなかった」

「いや、俺もそれ以外はからっきしだしお互い様だよ」

「それをあなたに言われたくない」


 葵にそっぽを向かれてしまう。まぁ、それに関して反論するのは面倒くてやめた。





「おい、転校生を紹介する」


 サユリ先生が来て早々にそう告げた。当然、何も聞かされていないクラスメイト達はざわめき出す。


「よ、よろしくお願いします! フィーベル・サージェントです。不束者です」

「おい、順番がおかしいだろ……緊張しすぎだ」

「ははははい!! すすすす、すみませせん!!」


 そう言った彼女が何回も頭を下げる。シルバーの長髪が何度も揺れる。クラスメイトはそんな彼女の整った容姿に見とれている者や、微笑ましく見てる者など決して彼女を厄介払いするような態度の者は居なかった。俺を除いて。


「んなわけで、フィーベルの席は……ってか机がないな……おい蓮」

「……へーい」


 俺は先生からの要件も聞かず立ち上がって空き教室へと向かう。

 俺が出て行った後で葵が普通になぜ俺が出て行ったのかを先生に質問していた。

 普通わかるだろと思ったが、まだ葵もここに来て日が浅いことで先生の思うことが分からなかったと結論づけることにした。


「これでいっか」


 一応、勉強机なのだからと思いガタガタ揺れないような机を選ぶ。

 椅子は彼女の身長に合わせようかと思ったのだが、そもそもあの瞬間にそんなことしてる暇なかったし、選んだ机に合うものを選んだ。

 それを、運びやすいように椅子の座る部分を机に乗せて運ぶ。


「わ、私も運びます!蓮さん」

「ん? あー、いや、お前がやるとドジこくからやめとくよ」

「そそ、そんなことありません!私だって成長したんですよ」


 と言って、俺からするりと椅子を奪い取った。確かにそういうところは器用になったかもしれない。


「ふふっ、三年ぶりですね」

「お前も長官になんか言われてきたのか?」

「そうですね。なんか、こっちの方が君の成長に繋がるからと言われました」

「まるで俺がトラブルメーカーみたいな言い方だな。じゃあ、葵とは別件なわけだな」

「いえ、あわよくば蓮さんを落としてこいとか言われましたけど……」


 何言ってんだよ……。

 がっくりと肩を落とす俺。そんな態度に何か悪いことを言いましたかと少し焦り出すフィーベルだった。

 教室に戻ってきた俺になぜか男子から痛い視線を食らったが、真っ向から敵対する者はおらず、俺としては助かっている。

 昼休みになり、ここにいてもしょうがないので教室を出ようとする。


「あっ、蓮さん。どこ行くんですか?」


 トコトコと小走りでくるフィーベル。わざわざ、女子からの輪を中断してこっちに来たことで女子にもあらぬひそひそ話が展開している。


「ど、どこでもいいだろ!」


 そっけない態度を残し、教室を出るが、フィーベルはやはりついてくる。しかも、すげぇニコニコ顔で。


「あいつら、もうすでにできてたんじゃねぇの?」

「おそらく」

「いや、意外にも羽倉坂くんの力で彼女を屈服させたのかもしれない」

「そうだったら、羽倉坂、許せん!」

「だが、あの笑みは作られたものではない。自発的にやっている」

「ということはやはり以前からの知り合い……くそ、お前にはもう葵ちゃんがいるだろ!」


 と言った男子の声が聞こえてきて顔が青ざめていくのがわかる。

 今度こそ平和な学校生活が終わったと覚悟した。

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