第13話

 そして放課後を迎える。これまで、やはり変化はない。あるとすれば、確認とかいって葵がやたらしつこく話しかけてくることだった。

 変な噂を建てられたくない俺にとっては迷惑極まりない。

 俺は一応教室を見て回ってみることにした。

 当然、葵も付いてきているわけで、周りの奴らのヒソヒソ話が止まらない。

 こいつらに付き合ってなどいないと、はっきり言ってやりたいが、当の本人が気づいていない…というより気にしていないので、どうにも言いづらかった。


「やっぱり、代わり映えはしてないみたいね」

「まぁ、今日も空振りだろ」


 そう葵との会話をわざと短く切り、踵を返し帰る。

「ちょっとそれだけ?」と苛立つ葵をよそに門をくぐった。


 —キーン


 ノイズ音が聞こえた。まるで、マイクが音割れしたかのような音だ。

 同時に空気も変わり、暗くなったようにも感じる。


「やっとお出ましか」

「ええ。あなたを一人だけにする機会をずっと伺ってましたの」

「結界か?」

「そう。他の仲間ではこちらの世界に介入できない。…私を殺すかしない限り…ね」


 ゆっくりと振り返る。

 そこにはもう静かな彼女の面影は全くなく、魔女のような黒装束に黒いロングヘアに身を包んでいた。

 彼女の顔を見れば、悪魔というのが相応しいと思えてしまう顔。俺からすれば、ああいう女性は絶対に裏があるとしか思えない顔だ。

 しっかりと尖った八重歯が会話の時から垣間見えていた。


「それで、俺はもう懲り懲りなんじゃなかったか?」

「そうなんだけど、親玉にお叱りを受けてしまってね。どうしてもあなたの首が必要になっちゃったのよ」

「なぜだ? 所詮、吸血鬼たちはコミュニティを作ることはなかったと思ったが?」

「いいえ、何かあった時は例外よ。だから、いただくわ!」


 吸血鬼が瞬時に肉薄してくる。

 その鋭く尖った爪で俺の首を掻き切ろうとしてくる。


(っ)


 それを間一髪で避ける。

 両者の位置を入れ替えるような形になる。

 けれども、吸血鬼は踏みとどまる時間なのに対し、蓮はもう次の動作へと移っている。

 逆に吸血鬼へと肉薄しようと試みる。


「くっ」


 吸血鬼が何かの粉のようなものを放ったために、それをキャンセルし、安全な位置まで後退する。


「それはなんだ?」

「答える義理があると思って!」


 絶え間なく、俺の首のみを狙ってくる切っさき、それをあの粉に近づかないようにして避けていく。

 ただ、その瞬間にこちらから仕掛けるふりをすると粉を振りまく。

 ここには生物も消されているせいか、どうなるかさえ分からない。あの吸血鬼は平気なのだから、吸血鬼には毒にならないのだろう。


「ちっ」


 そうしているうちに、結界の壁に来てしまったみたいだ。

 景色は続いているように見えるが、手に力を入れてもその先へは行かず、波紋が広がるだけだった。


「どうやら、ここで終わりのようね」


 口の端を吊り上げ、勝ち誇った優越感を抱いたような表情を見せてくれる。


「なぁ、あのはどうしたんだよ」


 唐突に質問してみた。確信があったわけじゃないけれども、気になったのだ。


「はぁ? あの子だって? ふふっ、なんとなく分かるでしょう。あなたにどうやって近づいたのか。吸血鬼にかかれば人の身体を乗っ取るなんて簡単なことよ」


 吸血鬼が嬉しそうに喋る。

 もう勝利を確信しているからこその余裕だと、蓮は判断した。


「だから、その女の子の身体はどうしたんだって聞いてんだよ」

「そんなもの私には不要なものだもの。入れ替わった瞬間に彼女の魂は無いものなんだから、ありがたく食ってやったに決まってるわ」


 さも同然のように簡単に語ってくれる。

 それだけでも俺には十分なになったわけだが、もう一つの疑問が浮かんだ。


「じゃあ、いつ奴と入れ替わった?」

「結界が張られる直前よ。ちょうどいいのがいてね。すごく落ち込んでいて、聞いてみたら男の子に恋をしていて、その男の子が他の女の子といい雰囲気だとかで悩んでいたわね、ふふふ……。でも、私にはどうでもいいことだったわ、あっははは……」

「……もういい」

「ん?」


 あざ笑う吸血鬼にそのように言い放つ。強くではなく、自分の中で腹をくくるように低く言った。


「何、その目。そんな怒った顔をしても、ますます私を喜ばせるだけよ。あなたに勝ち目はないのだから」


 それを最後に、吸血鬼の爪が俺の首めがけて飛んできた。

 その爪が、蓮の首に当たって砕け散った。

 吸血鬼が驚いた表情を見せる。

 その隙に吸血鬼の後方へと瞬時に回り込み蹴りを入れた。

 魔法による身体強化を加えた蹴りによって、吸血鬼は地面に叩きつけられた。


「ぐうっ!」


 怒りのような視線を浴びる。だが、そんなものはなんの効果も起こらない。

 軽く穴が出来ていたことが蹴りの強さを物語っていた。

 吸血鬼も流石に緩和しきれなかったのだろう苦悶の表情を見せ、いくつか出血している。


「……ふっ」


 相手の間を待たず、再び肉薄する。

 瞬時に蹴りをかますが、流石に二度はないと躱されてしまった。音を立ててさらに穴が開く。蓮はその穴に触れてすらいないのに。


「あなた、急に魔力が可笑しくなってるわよ」

「ああ、それがどうした? 別に驚くことじゃないだろ」

「驚くわよ! その魔力は……そう、憤怒よ!怒りの化身を纏っているよう」

「……まぁ、表現としちゃあ間違ってないぜ」

「……!!」


 即座に吸血鬼のすぐ背後に回り込む。

 さっきよりも速いことに気づいたのか、驚いた表情を見せる吸血鬼。当然、避けるのは不可能だった。

 そして、蹴り、ではなく瞬時に抜刀し、首を切り落とした。

 その時間でさえもまるで、剣を抜いたのと切った瞬間が同時だと思えてしまうほどの間であった。

 血が飛び散る。

 ドサっという音を立てて吸血鬼が倒れた。

 その瞬間に結界が消えた。


「蓮!」


 ここにはいないはずの声。

 そちらの方に振り向くと葵が来ていた。


「ああ……」

「結界が切れたってことはやったのね」

「ああ……」

「あとは私がやっておくわ」

「ああ……」


 そう言ったのを最後に視界が閉じていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る