第10話
蓮は自室の部屋に戻ってベッドに突っ伏した。
(今日はとんでもない日だった……)
頭の中で今日あった事を振り返る。正直、全てなかった事にして忘れたかったが、人間にそんな簡単に忘れられるような機能はない。
静かな人生の謳歌が物の見事に崩れ、悪の道に一手でも染めてしまった自分を心底恨んだ。
「はぁーー」
ため息をつきながら、ふと手のひらを見つめる。ボッチには良くある行動だと知った。初めはワザとやっていたのだが、いつの間にか癖になった。
理由は自分でもよく分からない。ただ、おそらくこれをしていると気が紛れて時間が早く進むからなのだろうと自分では収まっている。
その手で窓を開ける。
窓を開けた途端にスゥーと心地よい風が顔を吹き抜けていく。
ずっとこうやっていたいと思った。
蓮は窓の外から視線を外してベッドの枕の上に置いてある金色のリングを取り出して片腕に通す。
リングは蓮の腕よりも一回り大きく、簡単に手を通った。
蓮はそれを手首の辺で止める。その瞬間に反応したようにリングがガッチリと蓮の手首を離さないようにはまった。
「………母さん。 いや、智代子様……。 どうかご無礼をお許し下さい。 そして、俺を見守って下さい……」
蓮は目を瞑って語りかけるようにして祈りを捧げた。
「つー事で今日は寝よーっと」
蓮は逆に仰向けになってベッドにダイブする。
「んなわけないでしょ!?」
ドアが勢い良く開け放たれて、そこに葵と寮長が立っていた。
「何でだよー。明日も早いんだろ。なら、早く寝ないとな」
「まだ、日も暮れてないのに寝るなんてバカじゃないの!? ほら、とっとと戻る!」
寮長が人差し指を振り上げた途端、蓮の体が宙に浮かぶ。
「おいっ!? ちょ、マジか!?」
蓮は寮長の方を見て叫ぶ。
そのままドアの向こうまで放り出された。
「どういう事だ、何でお前が魔法を使える?」
蓮は睨みつけるようにして寮長を見る。
「ふん、私の名前すら覚えない奴に教える義理はないわ」
「あははは……」
葵は苦笑いを浮かべるだけでいる。明らかに葵は寮長に対して畏敬の念があって一歩引いているような感じでいた。
確かに寮長は見ず知らずのふてくされまくっている蓮をこの寮に住まわした張本人である。
その時もかなり強引に入寮させられたが、蓮から「入寮させてくれ」とかお願いした訳ではない。
いつも俺に対しては容赦がない寮長はまさに寮母というに相応しい容姿をしており、常に男子からの目線を変える。
しかし、粗相をすると誰に対しても厳しく叱り、またそれがいいと言って積極的に悪をして寮長の気をひく行為に出る奴もいる。
だが、それも真性のマゾでなければ続かない。今のところそんなある意味勇者はいなかった。
今は、ちょうど新しく入寮してきた奴もいたのでそれに追われていたように思うが、そんな光景を見てもさっきのような
「だって、私だって持ってるわよ。それ」
そう言って、寮長は手首を見せてくれる。そこには、蓮とは色違いのエメラルド色のリングがガッチリとはまっていた。
蓮はどうしてという代わりに喉を鳴らして、その言葉を呑み込んだ。
それを所持しているということはイコール魔法が使えるということと同義であり、かつエメラルドというリングには、宮廷ちょくぞくの魔法師である者か、それであった者にしか所持できない高価なものであることを示していた。
それに対して、蓮の所持している金のリングは、高価であることは確かではあるけれども、エメラルドには劣る。
それ程までにやすやすと宝石を組み込む訳には、この国が鉱山を豊富に含まれることと、このリングの特性上それらを用いなければいけないという事情もある。
ただし、葵のように別に持っていないからといって魔法が蓮や寮長より劣る、なんてことはない。いわばこのリングはそこに所属していたあるいはしているという証である。
「じゃあ、パーティー会場に戻りましょうか」
「はい」
寮長の合図に葵が答え、歩き出す。
「おい! ちょっ……! まて、下ろせーーー!」
そのまま、魔法による抗えない力によって宙を引きづられていった。
パーティーにいた寮生たちはそんな蓮の姿に大爆笑だった。
(マジで殺してやりたいと思ったぜ……!)
蓮は握りこぶしを左右に揺らして怒りをあらわにする。
しかし、パーティー中は終始このままなされてしまい何一つやり返すなんてことはできなかった。
そんなこんなで葵はこの寮に暖かく迎え入れられた。
葵自身、正直仲良くしてくれとかは全く考えていなかったが、別にあったから近づいてくれる者を突っぱねるほど、葵は冷酷でもない。
窓の朝日を覗きながら「よし!」と気合を入れる。
「ふん………ふん!」
窓を後にしようとしたところでそんな声が聞こえてきた。
最近の若者は治安が悪いとは言われながらも鍛錬をするほど悪い訳ではなく、空気が平和ボケしている傾向にある。そんな中でこのような声が聞こえるのは珍しいこの上なかった。
葵は気になって着替えてそちらの方へと向かった。
(やっぱり、かなりなまってるな……)
普通の護身用の剣を振りながら、頭の中の感覚と動きがあっていないことに鈍くなっているというふうに感じたようだった。
ブンブンと剣を振る。一振りごとの間は短いけれど、その一振りごとの研ぎ澄まされた軌道には普段の蓮には決して見られない表情であった。
すると、急に剣を振るのをやめる。
「……何見てるんだ。 お前」
見ている人物には背中を向け、言い放つ。蓮には敵意が感じられないからか。
「〜〜私に気付くなら鈍ってなんかないんじゃない?」
蓮に気づかれたことがよほど不服なのか、言っていることは褒められている言葉なのに言葉の節々にトゲがあった。
「そういや、お前はあの組織に入ってどんくらいだ」
敵意がないとわかると、そんなことを聞きながら剣を振るついでくらいの感覚で尋ねる。
「そんなこと聞いてどうするのよ。言っておくけどね、私はあなたみたいな今更学園生活やってるなとは違ってエリートなの。こんな学園なんて通わずに組織に入ったわ」
「ふーん、そうか」
葵が胸をそらして言っていることにどーでもいい態度丸出しで、剣の振りに集中する蓮。葵にはこの上ない不服、というよりも不服を通り越したようで殺意にも似た手を蓮に向ける。
「ライトニングーー」
葵は一度ボールを投げるようにして手を顔の横に溜めて魔法を放つ。
本来ならば、『猛き雷光よ 轟け』と唱えなければ発動しない魔法を葵は頭に思い浮かべるのみで発動した。これによって、相手が背を向けている場合であれば全く気づかれずに攻撃できる事からこれを行えるものはかなり強者だと言われている。
しかし、葵の発した魔法はライトニングボルト。それを「ライトニング」しか言えなかったのには正当な理由があった。
「……あの距離からどうやって……」
「昨日見たろ」
葵の首には至近距離で蓮の持っている剣が今にも切らんとする距離で置かれていた。そのせいで、葵は完全に魔法を発動できなかった。
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