第7話

 その後、葵が空から現れ、俺を片手で吊りながら運んでいる。


 ……とても嫌そうに。


「ねぇ」

「なんだ?」

「なんで飛行魔法も使えないのにあんな暗部にいたの?」

「ん? まぁ、いろいろあんだよ。事情ってのがさ…それよりも、飛行魔法を馬鹿にすんじゃねぇ、いいかそもそも人間自体飛べるわけ無い体つきしてるのに……」


 葵は蓮の話に耳を傾けてなかった。

 そんな、教科書に載っているような事は既に頭の中に入ってる。


「黙りなさい。私にベラベラ言っても無駄よ」

「なんだよ。折角、親切に教えてあげようってのに…」

「そんな程度頭に入ってて当然のことよ。そんなこともわからないなんてあなたはどうなってるのかしら? 話せば話すほど、ペーパーでの人物像とはかけ離れている様だけど?」


 蓮は吊られてない片手で考える仕草をする。


「…ちなみになんで書いてあった?」


 そう訊ねられた葵はポケットから一枚の紙を取り出す。


「ええと、魔獣討伐二百体、重要主要精霊封印が十二体中五体。他にも…」

「ああ、もういいから。お前はそんな紙の中だけで人を判断するのか? ちょっとそれは早計ってモンだろ?」

「違うわ! 実績だけじゃないの、人物像だって、品行方正で真面目でって書いてあったわ!」

「ブブー」


 葵は「きったないわね…」とジト目を維持したままだ。


「それは百パーデータ改ざんされてる。俺が証拠だ」

「どうして⁉︎ これはー」

「闇の組織がわざわざ情報を残す訳ないだろ。こっちは生きるか死ぬかだ。他の奴らにも影響が出る事は避ける」


 葵の言葉を遮り、論ずる。


 実際、そこまで倒していない。邪魔する魔獣を諭して元の居場所へ返してやっただけだ。


 やっと、ぞんざいに扱われながらも学園に着いた。


「よっと、あ、サンキュウなここまで運んでくれて」


 礼儀はちゃんとする。いくら相手が俺を嫌っていようとも。


「ふん、次はないわよ」


 それでいい、もう厄介ごとはゴメンだからな。


 俺は組織を抜けたはずだ。


 全て、捨てて逃げたんだ。そんな腰抜けに構う必要はないだろう?


 俺は背を向け、学園の校舎に向かう。


 後ろでは、何やら話し込んでいる葵の声が聞こえた。




「葵くんか、成果を訊こうか」

「はい、出来ませんでした」

「君にしては珍しいミスだな…。理由を訊こうか」


 葵の耳に届く低い声。魔法とは高度なもので相手の波長を知ることで通話することが可能だ。


「その前になぜ彼をそこまで欲するのかについて知りたいです。私にはそこまでの人物とは到底思えません」


 数秒間「うーむ」という考える声が聞こえる。


「君にはないものを持っているんだよ」

「……」


 私には全く納得できる答えではなかった。

 だからこその沈黙だ。


「それだけでは満足していない…といった感じだね?」

「当然です」


 彼が頭をかいている姿が浮かぶ。多分、どう言いくるめるか悩んでいるのだろう。


「所長、正直に話してください。でないと私も全力で任務につけません」

「うーむ…では、女王陛下の命令。ではどうかな?」


 口振りでは、今作ったという印象であるが、この国の最高権力者の命令とあらば、断ること自体やぶさかである。


「ほら、その書類が女王からの依頼っていう証拠だ。判も押してあるし」


 確かに、これは紛れもなく女王のみが使用を許されるもの。しかし、どうしても解せない。


 しばらく、私は考えるようにするが、これ以上時間の無駄だと悟る。


「分かりましたよ。そう言われては私も任務を放棄出来ません。……鈴原 葵、改めて任務に就きます」

「頑張ってくれ給え」


 そこで通信は途絶えた。


 私はため息をつく。


 またあいつに会わなければならないということが、何より不服であり、面倒だった。


 いっそ、力づくでも……。


 最初は、書類の経歴から見てかなりの手練れだと分かった。

 あの暗部にいたというのだから、そうだと思い込んでいた。

 だが今は違う。彼がどうしても応じないのであればそう手段も取らざるおえないだろう。


「よし!」


 と、気合を入れて任務に当たることにした。


「あっ、そうだ。俺、帰る途中だったわ。あれ、カバンどうしたっけ?」


 ということで、カバンを探さなくてはならなくなってしまった。


「くそっ、今日は最悪な日だろ!」


 俺はカバンを探す。

 この学園は、多分豪邸が二つ程建てられるくらいの敷地なので闇雲に探すなんて事は絶対に避けなければならない。


 となると、まずは巻き込まれた場所だな。


 と、蓮は校門へ向かう事にした。


 焦っても仕方がない。俺はとぼとぼ歩いて向かう。

 こう、人がいない教室っていうのは、朝は経験できても、夕方には経験したことがなかった。


「なんか、物寂しい感じだな」


 そう、呟くほど、夕日に照らされた教室は黄昏を誘うような感じになる。

 つい、振り返ってしまう。


 今までの俺を。


「あ、あの!」


 不意に後ろから声がかかる。


「ん?」


 振り向くと、同じクラスだが、朝によく会う彼女だった。


「こ、これを…」


 彼女の手にはカバンがあった。おそらく、俺のカバンだと思われる。


「おう、サンキュな」


 と言って、カバンを貰って立ち去ろうとする……が…。


「なんでお前がここに居るんだ?」


「分かっちゃいます?」


 急に辺りが凍りついたような感覚におそわれる。


「私の家畜をこうも易々と対処させらせられるのはいささか不快だったので私があなたを直接対処しようと思ったわけですよ」


 もう一度振り返ると、鋭い銀閃が走り、俺の喉元に突きつけられる。


「あなたは何なのかしら? 不思議だったわ。朝早く登校する割には何もしないし、かつ私にも感ずる事なく普通に接して…」


 俺は反論しようとしてみたが、短剣を突きつけられているせいで、口を開けない。


「それだけなら何とも思わなかったわ。でもそのせいで私の計画が台無しになったわ」


 俺は剣を突きつけられながらも、きちんと相手の目を見て話す。いや、睨むと言っても良い。


「それで? どうすんだ?」


 俺は目線を外さない。威圧する訳でもなく、それでいて怖気付いてない。

 そんな俺を見て、少し驚いている。が、それも一瞬ですぐに狂気の目で笑う。


「面白いよその目。とても常人の出来る行動ではないわ。ますます、生かしては置けないわね」


 彼女は俺の首に刃物を沿わせ切り込みを入れる。だらだらと血が溢れ出てくる。そしてその血をこぼれぬうちに舐めとられる。


 吸血鬼か?


 俺は瞬時に判断。俺に目をつける理由も然り、でもな……。


「うええええ………」


 彼女は吐くような素振りをして苦しむ。


 まぁ、当然の反応だな。


「なんなの⁉︎貴方、キモイわ」


「人の血を飲もうとするから悪いんだろ?」


 いや、実際には俺は人では無いかもしれない。人の形をしていて人では無い。俺も正直わからないことが多い。


 はは、自分のことなのにな。俺は不意に笑えてしまう。


「あなた…一体何者?」


 まぁ、そう来るよな吸血鬼だもんなそれぐらいは訊かれるよな。


「逆に誰だと思う?」


 逆に訊いてみた。


「私が知らないから訊いているのに…でも、少なくとも人間で無いことは確かよ。それでいて私に人間だと思い込ませた……そこが分からないわ」


 吸血鬼は人間の血の匂いが分かるだろうからそもそも嚙みつきにいかないだろうと……。


 俺は考え込む仕草をしていた。


「でも、そんなのはどうでも良いことね。人間で無いと分かっただけでも私にとって微塵もなく利用価値がなくなったわけだからあなたを抹殺できるわ」


「そうですか…」


 そうだな、別に殺せるもんなら殺してほしいかもしれない。学校でもぼっちだったしな。


 彼女の爪がギラッと光る。その手を振りかぶり、振り下ろす。

 俺にとってはスローに見える。だが、避ける気になれなかった。


 だって…。


「くっ、今度は何⁉︎」


 吸血鬼が叫ぶ。俺は動かない。


「お前…何で来たんだよ? 大人しく戻ってれば良かったのに…」


「わ、私が来なかったら、やられてたじゃ無いですか!」


 やられそうになる瞬間だけは見えたみたいだ。

 まだ、葵と俺らとの距離は離れている。


「別に俺の勝手だろ…」


「〜〜〜‼︎」


 葵は言葉にならない声を上げている。


 さっきからなんだよイライラしやがって、だったら助けなくて良かったじゃん。


 蓮がそう、のんきに思ってる一方で葵は冷静になっていた。


 (まずはあの吸血鬼と距離を取らせないといけないですね。私もかばいながらの戦いは少々厳しそうです。何とかして、あいつをどうこっちに来させるかですね)


 そうして出した答えは。


「っ! 煙⁉︎」


 煙幕で退散する事だった。


 私は奴を連れて、一旦潜伏する。あいつは付いて来たがらないので無理矢理引っ張って連れている。


「葵さーん、めっちゃ痛いんすけど…」


「だったら自分で歩きなさいよね!」


 本当にこいつをぶん殴りたかった。


「だったら、俺をやる気にさせてくれよ。俺は今のところやる理由がないだろ?」


 私は、立ち止まる。急に立ち止まったせいで蓮は足をつまづかせていた。


「やる気になることならあるわ」


 それは一つだけだと思うが……。本当に気づいてないのだろうか?


「それは?」


「平穏に過ごしたいんじゃなかったの? だったらこの状況はいただけないんじゃ無いの?」


 たしかに。それは一理ある。っていうか、今まで気づかなかった俺がバカみたいだ。


「悪りぃ、おかげで目が覚めたぜ!」


 俺は葵に笑顔を見せ立ち上がる。


「それでどうするの? 倒せる相手なの?」


「さぁな、俺だって吸血鬼と戦ったことなんてねぇよ。 とにかくやってみるしかねぇだろ!」


 蓮が踏み込む。それはさっきまでとは違う亜音速で。


「え?」


 蓮は一瞬で吸血鬼の後ろをつくと、バランスを崩して横に倒れさせた。


「うそ? 何が起こったの?」


 葵ですら目が点になるぐらいの勢いで?マークを頭の上に浮かべている。


「さぁ、観念しろ。吸血鬼。 諦めてここを立ち去るんだな」


「……ぐっ!」


 ジリジリと蓮から距離をとってから吸血鬼は消えた。


 吸血鬼の反応が消えるのを確認してようやく安心した。


「ふぅ……」


 やっと面倒事が終わった……疲れたし、さっさと帰ろう。


 と、振り向いて立ち去ろうとする。出来るだけ、もう一つのことは忘れるようにして。


「ちょ……ちょっと待ちなさいよ!」


「ん? まだなんか用か?」


 俺の頭の中ではさっさと帰りたいと思っているが、一応庇ってくれたので無下にはできないので、出来るだけ早急に終わるように心がける。


「い、今のは何よ? 何をしたのよ!」


「え⁉︎」


 まるで問い詰められるように至近距離で訊かれる。こんなことしなくたって大したことしてないんだけどね……。


「さっきのはただの身体強化だよ。ほら、あなたがたもやるでしょ初歩の初歩だよ」


 そう、さっきやったまるで瞬間移動のようなスピードで相手の背後に潜り込んだだけのごく簡単なことだ。並みの異能者ならこれくらいは平気でやってみせるだろう。


「だけど、あのスピードは早過ぎるわ。しかも途中の走ってるところが見えなかったわ。まるでー」


「瞬間移動って言いたいんだろ?」


 俺の言葉を聞いた葵は黙ってしまう。どうやら、ビンゴらしい。


「そんなに褒めたって何も出ないぞ」


 と、話を切って歩き出す。


 俺は心の中で勝ち誇ったようにガッツポーズを決める。


 無論、あの戦闘でいいとこを見せられたからでは無い。 そうではなく、話を切り上げられたことにだ。


「ま、待ちなさいよ!」


 と腕を掴まれる。


 女のクセに俺に触れるなんてどうかしてるだろ?


 自分の性格は自分がよくわかっている。そう、一言で言えばぶっきらぼうだ。


「貴方を欲する理由がわかった気がするわ。でもそれじゃあ…貴方は活かされない……」


 は? 何を自問自答するように話してんだ? 俺がいるのにだぞ?


 こいつの考えてることが全く読めない蓮。


「それは宝の持ち腐れだと思うわ。そう、貴方にはキッカケがいるのよ。輝くための……」


「あのー、さっきから何を言っているのでしょうか?」


「だからこそ、賭けをしましょう」


 あー、俺のツッコミは無視なのね。


 え? ちょっと待て。


 さっきなんて言った?


(「だからこそ、賭けをしましょう」)


「は⁉︎ いや、ちょっと意味わかんないんすけど…」


「え? 言葉の通りだけど…私は貴方を組織に戻したい。そして貴方は戻りたくない……。ほら、これじゃあ双方決着つかないから、賭けをしようって言ってるの」


 うん、確かに言いたいことは大体わかるぞ…うん。


 だけどな……。


「そこに俺の意思は入ってないよね?」


「なんなら、今ここでやりましょうか?」


 さすが。こういうところがにいるんだという断固たる証拠だった。


 どいつもこいつも血の気の多いやつらばかりだ……。


 と、蓮はため息をつく。


「あのな……少しは周りってものを考えろよな……。ここでやったらどうなるかぐらいちょっと考えりゃすぐに分かることだろ? ……ったく……」


 当然のセリフであった。


 ただ、俺があぶねぇとか言っておいてなんだけど……。


「お前……俺とタイマンはろうってのか?」


 今、まさにの意味を悟る蓮。


「それ以外になんの賭けがあるっていうの?」


 対する葵は当たり前とでも言っている顔だ。


 色々突っ込みたいことは山程あったが、喉元で留める。


 言ったってこいつには通用しない。というよりも、さっきからこいつから放たれるオーラが半端ない。


「………」


 思わず、冷や汗が出る。


 これが長年のブランクってやつなのか、少し怖気づいているようだ。


「さぁ、戦い《かけ》を始めましょう」































  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る