2章7話

数日後


最近頭が痛くなることが多い。熱を計ってもいつもと変わらず平熱だ。


「それは記憶が失いかけている、ということですよ」

「記憶が?」

気になったので休みの日に凛に聞いてみた。凛の行きつけだと言う喫茶店で。

「えぇ、以前お伝えした通り以前の記憶、つまり佐藤一樹さんの記憶がアカネさんから消えかけている、ということなのです。

例えば、佐藤一樹さんの生年月日覚えてますか?」

「えっと………」

思い出そうとしても思い出せなかった。佐藤一樹の生年月日?いつだったっけ…?

「では、血液型は?」

「うーん…」

次々と聞かれる質問の答えがほとんどわからなかった。

「このように少しずつ記憶を失っていくのです。そのため頭が痛くなることが増えると思いますが、次第にそれも無くなりますよ。完璧に佐藤一樹さんの記憶が消えれば、頭痛もなくなるでしょう」

病的なものじゃなくてよかった。と思いながら、珈琲を飲む。

「美味しい…!」

凛は悩んでいた。

数日前に秦と話したこと、兄が人生堂に来たこと、そしてアカネが自分のことすらも忘れてしまうことを。

人生堂という店をやっている時点で、人から忘れられることは慣れていた。だが、アカネから忘れられることについてだけは、心苦しくなる時がある。

なぜそんな風に悩むのか、なぜ心苦しくなるのか、分からずにいた。

何の会話もなく、珈琲を飲んでいた。


数分後


誰かに肩を軽く2回ほど叩かれた。誰かと思い後ろを向くと、金髪、眼鏡、パーカー、ピアスと、少し不良感ある男が立っていた。

「こんな所で会うとは思わなかったよ、アカネ」

「翠、びっくりした。眼鏡かけてるから一瞬誰かと思った」

「まぁ、普段はコンタクトだからねー」

「目悪かったんだ、意外」

「そー?で、その子誰?妹?」

「えっと…」

どう答えるべきだ?

「彼女は人生堂という人生を売っているお店の店主をやっているんだ」

なんて言えるわけない!

「……?」

翠は頭にはてなマークを浮かべていた。

すぐに答えないとおかしい!

「アカネさん、私はこれで、お友達と楽しんできてください」

「えっ!」

「ああ、いえ、お構いなく」

「いえ、こちらこそお構いなく」

2人は笑顔で譲り合っている。

「………」

「………」

「………」

3人の間で沈黙が続く。

「お構いなくって言ってんじゃん?姉さん」

「こちらこそ言ってますが?」

「………は?」

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