2章5話

そういえば、凛どうしよう。どこか離れたところに行かないと話せないな。

「ごめん、翠。ちょっと忘れ物したから取ってくる」

「大丈夫か?一緒行く?」

「大丈夫、すぐ帰ってくるから」

「分かった、いってらっしゃい」

翠が手を振ってくれたので、俺も小さく振り返して校内に入っていった。

「あれ、佐々は?」

「忘れ物したってさ」

「出来るヤツに見えて実はおっちょこちょいとかー!?」

「出来なさそうに見えてやっぱり出来ないお前に言われたくないだろ」

笑いながら言う間島を細川が一刀両断。しかも真顔で。ガクッと落ち込む間島。その数秒後に佐々が帰ってくるのだった。

教室には既に人がいなかった。教室じゃなくてもいいと思ったが、流石に教師に見られたら色々と面倒そうだ、などと考えていたら教室に着いただけだった。

「凛」

小さな声で呼ぶとすぐに姿を現す凛。何かスッキリしたような顔だったが、今聞くほどの時間に余裕はない。

「どうしました?何かトラブルが?」

「いや、遊びに行かないか、って誘われてるんだけど、凛はどうしてる?」

「もう馴染んだんですね。さすがです。私は人生堂に行かなくては行けないので。何かあればまた呼んでください」

「仕事入ったのか?」

「まぁ、そんなところですかね。資料の整理もしなくてはいけませんし。なので楽しんできてください」

人生の売買だけが仕事じゃないのか。資料の整理もするのか。てっきり、そういう仕事は資料管理課の死神がやるのかと思っていた。

「そうか。じゃあ俺は…」

「えぇ、いってらっしゃい。アカネさん」

凛は深く一礼し、送り出した。何かスッキリしていたようだったけれど、何か隠しているようでもあった。きっと俺が知る必要は無いものだし、俺が聞いてもいいものではない。だから凛は言わないのだろう。


教室から出て、急いで昇降口に行った。翠が「忘れ物あった?」と聞いてきたのをなんとか誤魔化して、「そろそろ行かないとまた先生に見つかる!」と間島が言い、少し急ぎ気味で学校から出た。

10数人で2、3列になって歩いている。俺は真ん中の方で翠と並んで歩く。翠は結構優しいし、多分面倒見もいい。いやいやそうだが、ちゃんと間島とも笑って話す。最初に声かけてくれたのが翠でよかったと思う。もしもクラスに不良がいて、ソイツに目を付けられたとしたら、きっと俺の折角の高校生活は一瞬で終わるだろう、ガラガラと崩れて。

少しすると前の方にいた男子が、いつもの所でいいんだよなぁ?と言い、近くにいた間島が、そう!と答えた。どこかファミレスのような場所だと思っていた。が、違った。

「ゲーセン?」

「アカネ初めてか?」

「いや、何度も言ったことあるけど。いつもゲーセンで集まってんのか?」

「コイツらはな」

翠はゲームセンターなんか行かなさそうだ。翠はよく図書館やカフェで勉強しているらしい。見た目はヘラヘラしてるのに中身はかなり出来る人だ。本人曰く、ザ、ガリ勉っていうのより不良っぽいヤツが真面目な方がカッコイイじゃん?らしい。

「翠すごいな、多分俺にはできないよ」

「アカネも一緒にやるか?」

「いいのか?」

「アカネがいいならいいよ。この時期からはちょっと大変だと思うけど」

「ありがとう」

さっきまでのふざけた翠とは全然違って見えた。きっと女子はこういうのに惚れるのだろう。

「佐々ー!!お前音楽ゲームとかできるか?」

「あんまやんないから分からないけど」

「やろうぜ!」

人生堂

凛は一人忙しそうに働いていた。棚からファイルを取り出し、パラパラとめくり何枚か抜き、棚に戻す。そしてまた新しいファイルを取り出す。

別の部屋では、白髪頭の老人が杖を手に持ちながらソファに座っていた。老人は質のいい生地の、煌びやかな柄の和服を着ていた。服装からして、結構な資産家なのだろう。老人は凛が出したお茶を啜った。

凛は客人を待たせているからか、急いでいた。何度も同じことを繰り返しながら、少し休憩し、また同じことを繰り返した。

「……あと一段…」

凛は棚を少し見上げ、ファイルに目を戻した。あと一段、それは整理していない棚の数だった。あと少しで終わるという嬉しさから、仕事がさらに早くなった。


その数分後、老人のいる部屋の扉が開き、凛が顔を出した。

「お待たせしました」

「客人は待たせるものではないよ、凛」

老人の声は見た目とは裏腹、とても若かった。その声を聞いて、凛は少しだけ嫌そうな顔をした。

「客人とは思っていませんので」

「それは酷いね。せっかく来てやったというのに」

「頼んでませんし」

「この間、珍しく客が来ただろう?どんな様子かを見に来ただけさ」

老人がそう言うと凛は小さな声で「珍しくは余計です」と言った。

老人はニヤリと笑い、立ち上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る