1章3話

広間のようなさっきの部屋の奥に見えた扉を開け、ついて来いと言った。扉の外は長い廊下で、左右に等間隔で扉があった。外から見たときとは比べ物にならないくらい大きな建物に見える。

「わざわざ別室に移動する理由は?」

「……先ほどの部屋だけは誰でも入れます。裏を返せば先ほどの部屋以外は許された者しか入れない、ということになりますね。」

「許された者?」

「えぇ、無理やり入ろうとしても入れません。私以外の入れる者の条件は企業秘密って感じです。」

「ふーん……」

話が大きすぎてか複雑すぎてか、頭の整理が追いつかなくなっていた。その後からは会話もなく、ただただ2人の、ヒールとスニーカーの足音が聞こえるだけだった。


「お待たせしました。こちらの部屋です。」

凛はゆっくりと扉を開け中に入っていく。俺は少し躊躇いながら凛に続いて部屋に入った。先ほどの部屋の半分くらいの部屋に囲うようにあるたくさんの本と一つの机。

「どうぞ、そこにおかけください。」

机の前に置かれた椅子を指さし、本棚からファイルを五冊ほど机に移し、席についた。

「お名前は?」

佐藤一輝さとうかずき

「年齢は?」

「……28」

それ以上は質問されず、ただ凛がパラパラとめくるファイルの音を聞いていた。

「佐藤一輝さん。28歳、8月23日生まれ。

現在無職。公立高校を卒業し、公立大学を卒業。何度か就職するものの全て自分に合わず退職。人生をつまらないと感じている。

大方、こんな感じですか?」

「……!なんで、それを…?」

「このファイルには全人類の、と言ってもこの国の国民全員の生まれてから死ぬまでのデータが入っています。私はあなたの未来までわかる、ということです。

これによると、あなたは今まで何の面白みのない平凡な人生を送ってきて、そして、これからも平凡な人生を送って死にます。

そんな人生、正直私は買い取る気になりません。」

凛は淡々と説明していく。当然のごとく話し続けるが、やはり俺にはさっぱりわからない。が、ただ一つ分かった事と言えば、俺の人生は平凡だということ。

「はは、……やっぱり俺は平凡でつまらないんだな。それなら、死んじゃえばいいのに、俺」

「あら、死にたいんですか?」

「ああ」

「なら……」

凛は傘を手に取り、普通の傘とは思えないほど尖った先端を俺の首元に向けた。

「………死にたいんでしょう?」

「そうだ、俺はもう死にたいんだ」

「ではなぜ……そんなに怯えているんですか?」

「それは……」

自分でもはっきりわかる。身体全体が震えていて立っているのが精一杯だった。

「あなたは人一倍死を望んでいるが、人一倍死を恐れている。面白い。あなたの人生、買い取ります」

スッ、と傘を下ろし、俺は力が抜け床に座り込んだ。

「……本当か?」

「えぇ、当然です。人生堂ですから」

「……ありがとう」

「いえいえ」

彼女はにっこり笑い座り込んでいる俺に手を差し出した。彼女の手を取り俺はゆっくりと立ち上がった。

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