∠ 63 勝負


「全く。変なことしてると思ったじゃないですか」


一悶着あった後、唇を尖らせたイルカと対座する。彼女は襟付きのシャツに、ロングスカートといういでたち。口に出したら怒るだろうが、光太郎からしたらイルカがどんな格好でも幻滅はしない。


二人の前には湯気を立てる緑茶と、羊羹が置かれている。光太郎が手を伸ばそうとすると、イルカも同じタイミングで手を伸ばした。指先が触れ合うと、お互い黙って手を引っ込めた。


翁に貴教の件を訊いたら、イルカに会わずに帰ろうと思っていた。誤算だったが、一度腰を下ろしてしまうと離れがたい気持ちが沸き上がってくる。


イルカの思考は一向にまとまらない。不意打ちのように現れた光太郎に対する憤りもあったが、こうして同じ座にいることに喜びを隠せない。一刻も早く口を開きたくて、妙にそわそわしている。


「今日はどうして家に?」


予想はしていたが、光太郎にとっては難しい質問だ。かといって、本当の目的を話すわけにもいかない。


「パソコンが壊れた。爺に聞こうと思って来た」


無断進入の理由にはなっていないが、イルカは納得したようだ。顔を綻ばせる。


「私もスマホの使い方を教えて貰うことがあるんですよ。翁はそういうの詳しいですよねー」


機械音痴で意気投合したところで話題がなくなる。


 ……


 ……


 ……


二人は別々の方向を向いて、黙りこくる。いつもならイルカが一人で喋りまくって、光太郎が合づちを入れるのが常だったが、今日はお互いが緊張して大したことが言えない。


「あやとりでもするか」


光太郎がおもむろに糸を取り出す。不穏な赤い糸に、イルカは神経質に頭を振った。


「そ、そ、そんなのするわけないじゃないですか!」


光太郎は残念そうに糸をしまう。イルカのリハビリ用に持ち歩いているが、無理強いしても効果は薄い。あきらめた。


イルカは気持ちを落ち着けようと、お茶を口に含む。光太郎の考えが読めないのはいつものことだが、今日は格別だ。前触れもなくやってきて赤い糸を結ぶなど考えられない。


「ガラス玉、まだ見つからないのか」


イルカの動揺をよそに、光太郎の目は人体模型に向いている。


「え? ああ、実は特殊な石を使っているので代わりを探すのも難しいんですよ」


イルカの隣に座っていたツクヨミは、失態に顔をゆがめる。イルカは大して気にしていないようだが、人体模型の総額は、一千万を下らないと光太郎は聞いたことがある。目もガラスではなく、宝石の類のようだ。


「俺が探してやるよ。そのうち見つけみせる」


「いえ、大丈夫ですよ。眼帯とかつけとけば格好よくなるって涼子殿が言ってましたし」


野生動物の仕業とあってはどうにもならないだろう。気持ちはありがたいが、イルカは光太郎が無理をしているように思えた。


二人のただならぬやりとりを見せられて、ツクヨミは怒り心頭だった。許嫁は自分だ。指切りまでしているのに、イルカは光太郎のことしか見ていない。王は余裕を持って事に当たるべきだが、ここは打って出る。


「……、勝負だ」


唐突なツクヨミの挑戦に、イルカと光太郎は心底驚いた。


「先に目玉を見つけた方が、輝夜をものにするのだ!」

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