∠17 姫と月影の邂逅
イルカが学校から家に戻ると、落ち着きのない様子の媼が門に立っていた。
「いかがしたのです、媼」
「大変よ、イルカちゃん」
媼によると、昼前にツクヨミが山に入ったきり戻ってこないそうだ。媼は責任を感じて狼狽えていたが、翁は放っておけと突き放す。
「山を舐めるものは山に飲まれる。良い薬じゃ」
ツクヨミの安否が不明なまま日が暮れてしまった。
イルカは縁側に座り、ツクヨミを想った。子づくりを要求する不審者。いなくなって清々した面もあるが、やはり放ってはおけない。
「どこへ行く」
玄関で靴を履いていると、翁に呼び止められる。
「ツクヨミ殿を探しに行きます」
「ならん。夜の山の怖さはお前も知っておるだろう。明日になったら儂が探してやる」
可愛いイルカの頼みだ。今すぐにでも捜索に出たい翁だったが、ツクヨミがこのまま帰ってこないことを期待してもいた。
翁の制止も空しく、イルカはウインドブレーカーにジョギング用のスニーカーを履いて裏門を出た。
獣道を通って竹林に足を踏み入れる。子供の頃から遊び場所にしているが、筍を狙って猪が出ることもある。
背後の足音を察し、イルカは振り返る。
そこにいたのは、全身黒ずくめの不審な人物だ。闇にとけ込むような忍び装束は異質な存在であることを匂わせる。
イルカの方から口を利くのはためらわれた。緊張の時間が流れる。
「忘れ物だ」
男は不躾に何かを差し出した。近づかないとよく見えない。
ギリギリ身の安全を確保できる距離から目を凝らしてのぞき込む。すると、イルカ愛用の三角定規だと判明した。
「拾ってくれたんですね。あ、ありがとうございます。貴殿は誰ですか?」
「月影」
不用意な質問に、男は低い声で答えた。そして三角定規をイルカに握らせた。どこかでなくしたと思っていたが届けてくれたようだ。
「これを持って家に帰れ」
「人を捜してるんです。迷子になってるんですよ」
「俺が探してやる」
普通なら見知らぬ人間に任せていいはずがない。それでも、イルカはこの男に無条件の信頼を寄せていた。
「大丈夫なんですか? 山は怖いんです。熊も出るし」
「問題ない。この山の主とは相撲を取ったことがある」
金太郎みたいな人だなと、イルカは少し笑ってしまった。
「何かおかしいことを言ったか?」
「いえ、何かすごいなって」
イルカは定規を握りながら少し距離を縮めていた。
「この定規、大切なものだったんです。昔、私がイジメられてこれを隠された時、幼なじみが死にものぐるいで取り戻してくれました。貴殿は、その方に似ています」
男は頭巾を深く被り直し、当然のように否定する。
「他人の空似だろう。よくあることだ」
それから彼はイルカを門まで送り届け、消えてしまった。イルカはその忍者のことが頭から離れず、人体模型のパーツが紛失していたことにも気づかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます