∠15 友情でも純情


二階堂宇美は虚ろな表情で一人、食事をとっていた。食堂は二号館の一階にある。正面はガラス張りで噴水が見渡せた。


イルカと絶交して二時間ほどが経過している。今更ながら後悔が募ってきた。


この学校で出来た初めての友達だった(向こうはそうは思っていない! ムカつく)し、彼女といると視野が開けたようで退屈しなかった。


それでも、イルカは友情より男を選んだ。それが宇美には癪だった。


「みんなして男男って馬鹿じゃないの。恋愛脳め、爆発しろ」


ツィッターで鬱だ、とつぶやこうとしたが、やめた。必要以上に鬱アピールはウザがられる。


あんな不思議ちゃんじゃなくても、普通の友達はできると宇美は思い直す。


自分は立ち直れるが、翻ってイルカはどうなのだろう。光太郎が側にいるから平気か。


宇美の座る四人掛けのテーブルに、相席をしにきた少女がいた。断りもなしに席に座ったので、宇美は抗議する。


「ねえ、普通何か一言あっていいんじゃないの?」


「ああ、いたの」


目の前にいるのに気づかないはずがない。あからさまな挑発だ。人の神経を逆なでしないではいられないこの女を宇美は知っている。


小柄な体に銀縁眼鏡、昨日イルカと悶着を起こし、今朝もまたバスで騒ぎを起こした張本人だった。


「常識ない奴だね。ほんとムカつく」


「空いてる席をどうしようと人の勝手。それに今日は連れがいないみたいだし」


痛いところを突かれ、宇美は口を閉じる。目の前にいるのは弱みに付け込む最低の奴だ。めげている場合ではない。


「人間一人になりたい時だってあるんだよ」


「そうね。残念だけどそれに関しては同意する」


意見の一致を見ても、宇美は嬉しくなかった。この少女とは水と油のような関係しか築けないと確信している。


「ねえ、私の名前わかった?」


宇美は、昨日までこの少女の名前を調べようと躍起になっていたのを思い出した。イルカと一緒だったから夢中になれたのかもしれない。その熱も今や冷めてしまった。


「別にどうでもいいよ、もう」


眼鏡の少女は宇美の投げやりな態度が面白くなかったらしく水を勢いよく飲み干した。


「クラス名簿を見ればわかるかもよ」


「それもう解答見ながら試験受けてるようなものだよ。それでいいの? あんた」


宇美が勝負に真剣だったように、この少女も自分の名前を知られないように必死だったのかもしれない。


冷静になれば馬鹿馬鹿しい意地の張り合いだ。お互いに悟ってしまえば、何てことはない。


宇美は肩の力を抜き、仇敵でもなくただのクラスメートと会話しようと試みる。 


「ねえ、今週、クラスの集まりあるじゃん、花見」


「ええ」


宇美がくだけた口調になったので、戸惑ったように眼鏡の奥の瞳が揺れていた。


「こういう時、どんな服着てくか迷わない?」


宇美は結構神経質で、前日まで悩む。派手過ぎても駄目だし、地味過ぎても見立たないし、露出が多くても同姓の反感を買うし、始末に終えないのである。


「普段着でいいと思うけど」


「出たよ、そういう奴に限って、めかしこんできそうだよな」


それもまた考え過ぎかも知れない。考え出したら切りがない。人間関係もまた同じだ。


「あー、何かあんたと話してたらすっとした。じゃ、あたし、もう行くから」


宇美は吹っ切れたように足取り軽やかに食堂を出た。取り残された方は気持ちのやり場に困っている。


宇美が両扉を押し開けると、汗びっしょりのイルカが立っていた。


 「ひ、姫……」


宇美はイルカの美しさに息を飲んだ。髪を濡らし、疲弊したイルカは隙だらけで、薄幸の美少女が降って湧いたようだ。それゆえ食指が伸びるような色を醸し出していた。


このまま放置していたら、男に食い殺される。宇美はそう断じ、イルカを人気の少ない廊下の端に連れだした。


「貴殿はもう私の家来ではありません。無礼ですよ」


「じゃあ家来じゃなきゃいいの?」


宇美はイルカに本心をぶちまける。


「あたしは凡人だけど、人の下でヘラヘラできるほど器用でもない。だから家臣のままじゃあんたの側にいられない。だから、友達になってよ」


イルカは宇美の顔を見ようとせず、正面を向いている。


返答は短い。 


「生意気です」


イルカは、宇美を突き放したかに見えた。


「いいよ。あんたが友達だと思わなくても。あたしが思ってるだけだから。それならいいでしょ」


イルカは美しい髪を扇のように広げ、はにかんだ。


「私にとっては友達も家来も特別な意味を持つものです。覚悟はできていますか」


宇美はやや遅れて意味を理解し、飛び跳ねた。


「それって、それって」


「ええ、お友達になりましょう。宇美殿」


信ずれば通ず。宇美は満願叶い、笑い出さずにはいられなかった。


「では、お友達と家来の違いを説明しますね」


「うんうん」


イルカは厳粛に説明を始める。


「お友達とは、赤の他人です」


「ふんふん」


宇美はイルカの言葉をスマホにメモする。


「私の髪をとかす権利を与えます」


「わー、キューティクルー。お人形さんみたい」


イルカの髪を後ろから梳いた。


「私をおぶる権利を与えます」


イルカを背負い、勇ましく走り出す。この高揚感に浸るのは世界で宇美だけだ。


「家来とあんま変わんねえー!!!」


ともあれ不満は嘘をのように晴れる。やっぱりイルカといるとこんなにも楽しい。これが友情と言わずして何と呼ぶ。この時から宇美はイルカの二人目の友人となった。


一人目の光太郎はというと、自分の教室の席で三角定規を見つめている。朝にはなかった傷を増やした彼を、クラスメートは腫れ物を扱うように遠巻きに見ていた。

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