14/胸も大きい

 時間はやがて夕方から夜と呼んだ方が良い時間に移っていく。いい加減学校内で内省し続ける訳にもいかず、ジョーは立ち上がり、裏門に向かって歩いて行く。


 地域としては伝統ある女子高だったという歴史があり、共学になったのは数年前という学校である。シックな女子の冬の制服に、街の人々は長く続いている正統性のようなものを見ているが、今は夏。ワイシャツやスカートといった外装よりは、汗の匂いや肉体に目がいきがちだ。


 それもこんな時間になると、女子生徒、男子生徒共に姿は見えなくなる。


 と、思っていたら、裏門へのルート途上。校舎裏で人影と遭遇した。


 人影。女子生徒は壁面に体を半分張り付かせながら、窓の中を覗き込んでいる。何か、校内の状況を隠れて伺っているような?


 本日二度目の邂逅かいこうである。何か事情があるのを察しつつ、後ろから近付いて静かに声をかけてみる。


「何やってるんだ?」


 女子生徒。空瀬アスミは振り向いた。周囲が暗くなってきていたせいか、光る眼が猫のようだなと思った。


「ジョー、君」


 アスミが伺っていた校舎内を、ジョーもあちらから姿が見えないように気をつけながら覗き込む。


 階段の下で、男と女子生徒が話をしている。


「インヘルベリア先生と、誰だ?」


 ひそひそ声で話す。女子生徒の方は、顔は知っているが、名前まではすぐに出てこない。遠目から、明朗な印象を受ける。


進藤しんどう真由美まゆみさん。成績は学年一位」

「へぇ」


 なんだ、アスミも定期テストの成績上位者の情報とか、チェックしてるんじゃないか。昼間の話は、自分がチェックされる側としては無自覚だった、ということなのか。


「可愛くて、肌が柔らかそうで、胸も大きいわ」


 進藤真由美は、長い梳かれた黒髪を胸のあたりまで流し、前髪だけピンで留めている。伸びた背筋に、会話の折々に見せる姿は優雅だ。頭からつま先まで、幼少時からの厳格なしつけが行き届いているような。優等生という枠を超えて、令嬢、といった雰囲気を携えている。


「こんな時間まで講師に質問とか。よくやるもんだ」


 外見はともかく、学年一位というのは勉学の質と量も相当なものなのだろう、などと漠然と関心した。


 アスミが、そんなジョーの態度に憐れむような視線を横目で送ってくる。


「バカなの?」


 辛辣しんらつな物言いだ。幼馴染じゃなかったら、今日会ったような人間には言わないだろう。


 ただ、やがてジョーもアスミのその表情の含意に気が付いた。


「え、そういうこと?」


 アスミは目で訴えかけてきた。その含みから、恋慕れんぼ、という言葉を連想する。


「尊敬、の範囲なんじゃないのか?」

「ジョー君はまだ甘い。思考を一歩進めても、生徒と先生の禁断の恋とか、そんな段階を想像してる。でもたぶん、もっと、こう」


 アスミは言葉を続けづらそうに、言いよどんだ。


「肉体関係とか、そういうこと?」


 アスミは進藤真由美の方を注視したまま、不機嫌そうに眉をぴくりと動かした。


 ジョーの方も改めて進藤真由美の方を見やってみると、なるほど、艶っぽいというか、緩んだ表情をしている。


「だが仮に、二人がそういう関係だったとして、お前は何をするつもりなんだ?」

「本当にそういうことが行われそうだったら、止めるわ」


 ジョーは頭を抱えた。


「アグレッシブなヤツだ。あれ、でもこういうのって、法律とかだとどうなんだっけ?」


 先生が生徒に手を出すのはアウトだった気はするが。


 やがて、インヘルベリア先生と進藤真由美は、近い距離のまま、ともすれば寄り添うように階段を登って行った。


 続いて、アスミが軽やかにジャンプし、窓から校内に入る。不思議と、着地の靴音はしなかった。


「私、こういう時はうだうだ言ってないで、許さない! って強い方に飛び掛かっていく男の子の方が好きかも」


 アスミの言動からは、インヘルベリア先生の方が、進藤真由美よりも強い立場だ、という点に力点を置いている。その点が、どうもアスミにとっては大事なことらしい。


 続いて、ジョーも跳躍して窓から校内に入る。特に怒りは湧いてこなかったが、アスミをこのまま放っておくのが躊躇われた。


 アスミはジョーの方を一瞥いちべつすると、階段に向かって歩きはじめる。その堂々とした態度に、そういえばこういう勇ましさがあるヤツだった、などとジョーは思い出していた。

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