4/街明りが消えた日

 プロローグ・B/


 あの二年半前の。2011年3月11日深夜の、暗がりの記憶から。


 断線した街。余震が続く街。スマートフォンからインターネットにアクセスしようにも、SNSは繋がったと思うとすぐに途切れてしまう。ラジオのAM放送という、一昔前のメディアだけから、刻々と悪化する状況が伝わってくる。


 その中に、現在、同盟国の空母がこの国の沿岸に向かっている、という報道が混じっていた。


 毛布にくるまった少年が、震えながらラジオに耳を傾けている。震えている理由は寒さだけではない。この国にいた者にとって、その日の経験は一様じゃないので、一言でその日はこうだった、ああだったと語ることはできない。ただ、少年がいた避難所の夜は、喧騒けんそうや混乱というよりは不安に満ちていた。


 ある覇権大国について、少年は父親に尋ねた。その報を聞いた時、震えてる身体の奥に、何か「力」のようなものが湧き始めたのを、不思議に思いながら。


「どうして、来てくれるんだ」


 父親が答える。


「同盟国だからだ」


 少年には四分の一、その同盟国の血が流れている。この感情は、そんな個人的な理由によるものなのか? 義務教育の圏内にいる頃だった少年に、背後にあったであろう、戦略的な話や、地政学的な話は分からなかった。


 ただ、文化の灯りが消えてしまった夜に。ゆっくりと、技術であるとか、智慧であるとか、人類の「積み重ねたもの」の集積である、軍艦――少年はその是非をまだ問えない……が人々を助けるために向かってきている。その事実は重いものだと感じられた。避難所の倉庫から出してきた灯油ストーブの火に、燃料の残量を気にしながらあたっている。熱源が切れれば後は凍えるだけ。冷静に目の前の現実でできることを考えながら、意識のどこかで、重厚に波を分けながら向かってくる船に思いを馳せる。自分たちには、まだ助けられるだけの価値がある、ということなのか。


 自意識は大事だ。少年の名前はジョーと言った。名前は、暗がりの中にある今の世界と、気の遠くなるほど長い時間積み重なってきた歴史の中で、自分を固定する座標のようなものである。


 ジョーは自分の名前を、ルイザ・メイ・オルコットの『若草物語』に出てくる快活なヒロインの名前のようだ、と称した少女のことを思い出した。


 不思議なもので、こんな時でも笑みがこぼれる。まったく、どちらかというと、この国で有名なボクシング漫画の主人公を引き合いに出されることが多かったというのに。


 夜中。降り出した雪に、避難所の床の冷気が加わり、シンと冷える。備蓄の毛布。缶詰。いつまでもつか分からないコンビニエンスストアの軽食。自分に熱を与えてくれるものが、覚束おぼつかないなんて。自分という存在が限られていることを否応なく意識させられる中。何人か、たぶんジョーにとって大事な人たちのことを考えていた。


――同盟。


 ジョーの中で、その言葉の意味が変わった夜の話である。


 未熟な幼い頭なりに導き出した想念。もし生き延びてまた力を蓄えることができたなら、ジョーの名前を好意的に解釈してくれた彼女を守りたいな。そんな風に生きていきたいな。

 未来に確証などないまま、その夜、ジョーは闇の先を見つめていた。


  /プロローグ・B

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