272/破滅概念

 戦艦陸奥・朧を包むヴォストーク1号の球型結界を貫いて、黒い閃光が着弾する。


 現れたる男は。


 祖父スヴャトの記憶を通して、ジョーもこの顔は知っている。


「ユイリィ・ガガーリン」

「スヴャト、終わりを告げに来たよ。今こそ、君が生きた証を無価値に返し、『日常』に逃避する全ての存在を地獄に落として差し上げよう」


 ユイリィは、先ほど暗黒大巨神から取り出した黒い光を掌に乗せると。


「『犠牲の源ネクロス・コア』。この宇宙の、大元の『犠牲』さ。全ての派生の源に、『犠牲』は既に組み込まれていたんだ」


 暗黒球は浮遊し。


「これをこうして、こうだ!」


 次の瞬間、黒球は膨張し、一気にその場にいたヴァルケニオンを飲み込んだ。


「僕は自問する。これは裏切りなのかと。


 裏切り。違うな。


 もともと、同盟関係という訳ではなかったし。何より。


 ヴァルケニオン。君の本当の願いのためには、こちらの方がイイのだから」


 ヴァルケニオンの声が途切れている。


 不気味な黒光だけが、静寂の宇宙に浮遊している。


「僕の能力は『奪取』。


 何故、一九六〇年にすれ違った時にスヴャトポルクから『操認』の能力だけを奪取していたのか。


 それはね、この能力は、とても相性がイイんだ。人のコントロールと。つまりは、『拡大』と。


 ヴァルケニオンは僕がコントロールさせてもらう。何、彼も本望だろう。『真実』という言葉で、『拡大』願望をとらえちがいしていたんだ。


 彼は『自分を拡大したい』という自分の本質的願望を、『真実』という言葉で誤魔化していた。


 僕の『拡大』と、彼の願望は、重なっている。さあ、はじめよう。『破滅』にいたる『拡大』を。『破滅』こそが、『拡大』の正しい最果てである」


 一通りの述懐の後、ユイリィも黒球に入る。――つまりは最果ての支配、融合である。


「たどり着いた、最後の絶望に」


 黒球から放たれる美声が、ジョーに肉薄してくる。身体の中心まで、貫いてくる。


 黒い火柱が上がり、やがて火炎の中から一体の「存在」が姿を現す。


 ユイリィという一人の人間の妄念と、ヴァルケニオンという男の真実への酩酊めいていと、犠牲の源ネクロス・コアが三身合体。一つの悪魔を生み出した。


 ヴァルケニオンの肉体をベースにしたに異形。尖った双角に鋭い牙、刺が連なる尾と大きな翼は、「悪魔」という言葉を連想させる。


「僕は、我は、七つの『破滅概念』の一つ、『拡大』である。ユイリィ・ネクロス・ヴァルケニオン・デビルである!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る