248/過去編――二〇〇六年~君に明日を託す
過去編――二〇〇六年/
スヴャトの最後の旅立ちの日は、
誰にも告げずに行こうと思っていたのに、どういう経緯で察知したのか、「S市」の駅のペデストリアンデッキの所まで、ジョーが追ってきた。
「行く、のか」
「そうだな」
「『宇宙の果て』に?」
「そういうことに、なるかな」
全ての準備を終えていた。向かう先はアルティナードルグ城跡である。ヴァルケニオンとの最後の戦いが待っている。ジョーとも、これが最後の会話になるかもしれない。
「なあ。ジョーよ」
「ああ」
「ワシはな。『特別』な人間になりたかったんだ。世界を救いたいと思っていた」
「過去系なのか?」
「もう、打ちのめされた後なのさ。この世界の仕組みでは、ワシが大事なものを守っている間に、ワシの手の届かないところで誰かが犠牲になっている。この手で全ては、守れないんだ」
「そう、か」
続いたジョーの言葉は、どこか遠くから響いてくるようでいて、一方でもう思い出せないような昔日、スヴャト自身が、大事な誰かから聴いたものでもあるようであった。
「だったら、スヴャトが取り
初めて「紫の館」にやってきた時。キラ星を追ってきた時と同じ真っ直ぐな瞳で、少年は迷いなく言い切った。
(そうか)
決めかねていた、存在変動者としての孫にどう接するか、何ができるかということについて、決める時がきたようだ。
孫のジョーは、守られる側ではなく、守る側の人間なのだ。
「なあ、ジョーよ」
「うん」
「アスミちゃんは、好きか?」
「な、なんで? 急に」
ジョーは頬を赤らめる。
「好きとか、そんなんじゃないけど。でも」
「でも?」
「アスミといると、楽しいよ」
「そうか」
その言葉が聞けただけで、十分であろう。
「ジョーよ」
「ああ」
「お前に明日を託す」
スヴャトの言葉が、
静かに振り続ける雪の色が、白菫色から
「ヴォーちゃん、ここでお別れだ」
ジョーが見上げる雪空の下に、藤色の光が瞬き、立体魔法陣が立ち現れる。
光が極小から極大にゆらめき、そしてまた小さな光へと収束してゆくと、スヴャトと正対するように一つの存在が現れた。サラファンを纏い、紫の髪を舞わせる少女。ヴォーちゃんである。
「スヴャト? どういう意味です?」
「中谷理華の『本当の
「何を? 何を言っているのです」
「君を。『
ヴォーちゃんは、顔色を変えた。理知的な彼女が、狼狽している。
「そんな!
「ヴォーちゃんはさ、この先の未来で、もしジョーがアスミちゃんを助けたいと願うことがあったら、力になってやってくれ」
「私は、反対です。空瀬アスミのために、あなたがそこまですることはない。私は、この命はスヴャトと共にあると、誓っているのです。スヴャトも、もう気づいているのでしょう? 『
「そういうこと、言うと思っていたよ。元からね。最後の戦いで、及ばなかった時は、僕一人で死ぬつもりだったんだ。実はその準備も、手配済みなんだ。なあ、ヴォーちゃん。確かに僕が昔日に取りつかれた『
「ですが、私は。スヴャトが死んだ後の世界で存在し続けて、何になるというのです? そう、人間のアンナとは違う意味でしょう。それでも私も、あなたを愛しているのです」
「ありがとう。本当にありがとう。ヴォーちゃん。僕も君に出会えて、良かった」
スヴャトが俯いてそっと顎ひげの認識阻害のリボンに触れると、いつからそこに存在していたのか、スヴャトの右腕には、一振りの日本刀が握られていた。
「スヴャト!?」
「はっは。
スヴャトの意図に気づいたヴォーちゃんは、諦念の中、膝をついた。自分は人間ではないのに、
「ヴォーちゃん。巡る世界の中で。今も、これからも。困難が君を挫こうとする時。君は決して一人ではないことを、忘れないでくれ」
スヴャトが氷王を振り抜くと、甲剣の『
ヴォーちゃんは光になってゆく。
舞う光の粒子は、今日も冬の「S市」に音もなく振り続ける粉雪に似ている。
光になったヴォーちゃんは、雪の中に佇む少年・ジョーの胸の中へと吸い込まれていく。
こうして、祖父・宮澤新和から孫の宮澤ジョーへと「
ヴォーちゃんからスヴャトの記憶が消える間際、最後のスヴャトの言葉が彼女の胸に木霊した。
(ヴォーちゃん……)
――君に、
ヴォーちゃんの瞳に映った最後の新和/スヴャトは、少年時代のように、笑っていた。
/過去編――二〇〇六年
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