• 非幸福者同盟

  • 第十一話「君の名前は」(後編)
  • 239/山口県に、ソレはある

239/山口県に、ソレはある

 宮澤ジョーのひい祖母・宮澤陽毬ひまりは、「飛翔」というイメージに覆われていた。そう、自分は飛んでいるのだ。何処かへと向かって、飛んでいる。何処へ飛んでいきたいのかを明らかにしないと迷子になってしまうから、陽毬は愛した郷国の川の匂い、土の感触、山の緑を心に想い描いた。もう一度、あの場所へ。まだ、守りたいものがあるのだ。


 すると、自分が今目指すべきは大地であると分かってきた。


 眼下には、蒼。尊い青色の全体の中に、見慣れた小さな島の群を見つける。列島。「わたし」が生きた場所。


 天と地の狭間に至ると、突如周囲がくれない色に包まれた。天の領域と地の領域が相互に貫入し合っているこの場所の赤は、炎の赤のようでもあり、血の赤のようでもあった。


 中心に存在しているのは。


(また、逢いましたね)


 巨大な船――戦艦であった。


 勇壮なる佇まいに、菊花紋章を掲げるその存在は、同時に大きな破損を負っており、憂いを帯びている。


 外敵を撃ち抜かんとする主砲は、今もなお頼もしさをたたえながら。同時に刻まれた破壊の跡は、己の本徒を全うできなかった悔恨を携えている。


(私が生きた国の、私が生きた東北の名を冠したあなた)



――戦艦陸奥。



「待ってて、くれましたか」


 頭に、声のようなものが響いてくる。



――(はいな!)



 戦艦陸奥が欠けた存在であるなら、宮澤陽毬も欠けた人間である。


 陽毬から小さな光の輪が浮かび上がり、戦艦陸奥から大きな輪が浮かび上がり、徐々に二つの輪は関係し合いながら、連関を始める。


 「構築物」と「たましい」が、相補い合い始めたのだ。


(そうでしたね、再びの常世へと向かう時。私はあなたで、あなたは私でした)


 やがて、宇宙の開闢かいびゃくのような光が弾けると、一陣の流星が狭間の場所を抜けて、大地に向かって降下していった。今、天から地へ。


 日本国の特徴を形容するなら、「山がち」であり、「島国」であった。


 そんな、空と、山と、海の、交差する地点に立体魔法陣は現れた。中から現れたるは。


 漆黒の髪を流して。黒い双眸そうぼうが凛と見開かれる。紺の胴衣と紅色を重ね着した和装をはためかせて、腰衣からは主張し過ぎない程度にセクシーな太腿がのぞく。口元には、小町のはにかみを。


 アスファルトで舗装された地面に、着地音が響く。


 今。再び現世に降り立った彼女は、構築物・戦艦陸奥と「たましい」を持つ宮澤陽毬とが同時に補い合いながら存在する、「二重存在」である。あえて言うなら、戦艦陸奥とも宮澤陽毬とも同時に呼ぶことはできないので。アバウトに。


「ムっちゃん」


 陸奥はそう呼んでくれた少女のことを想い、空を見上げた。暗い。時刻は、丑三つ時であった。


 現在の陸奥は、「構築物コンストラクテッド・歴史図書館ヒストリア」を通してジョーから送られてくるオントロジカとは、別系統で現界している。伴侶、宮澤兵司ひょうじから分けてもらったオントロジカで起動している、独立方式だ。以前ジョーが使った「電気」の例えを使うなら、電線が途切れてしまったものを、外部電源である兵司から充電してもらって無理くり電球を光らせている「電池方式」とでも言った状態だろうか。


(ジョーさん、アスミさん)


 この「電池方式」で、現界可能な残り時間は。


(あと四日ほど)


 今日は、八月十六日である。アスミの誕生日まで。


 愛した郷里の風景を、人を、歴史を、オントロジカを収奪しようとする男。愛した息子、宮澤新和を殺した仇でもある男。真実大王ヴァルケニオンの時間凍結が解かれる八月二十日まで。あと四日。


(ギリギリ、間に合いそうです)


 そこで陸奥は、今いる場所の空気が、ちょっといつもと違うことに気がついた。音、香り、肌感覚。何だか、馴染んだ場所とは少し違うような?


 どうやら、奇妙な円形の施設の敷地内に自分は降り立ったのだと理解する。この建物は、何だろう。


 少し歩くと、建物の正面に回ることができた。入口へと続く道の両脇にはポールが立っており、その中心をてくてくと進むと、エントランスには警備員とおぼしき人物が立っていた。


「もし」

「おやおや。こんな時間に」


 ちょっと太っちょの警備員のおじさんは、朗らかな雰囲気である。陸奥はこの世で宮澤陽毬として生きていた頃の記憶。昔、時々TVで観ていた六つ子が主人公のアニメーション作品に出てきた、大きなパンツを履いてるおじさんを思い出した。ちょっと不思議なこととかも、受容してくれそうなホワホワ感がある。


「ここは、S市の、何処でしょう?」


 太っちょのおじさんは、ナチュラルに、そして丁寧に応えてくれた。


「S市。何を言ってるのかな? ここは山口県は大島郡周防大島町にある、戦艦陸奥記念館だよ」


 理解するのに、少しの時間を要した。


 頭に、おじさんの言葉から、陸奥が現在いる場所についての情報が染みこんでくる頃には、おもわず、同アニメーション作品に出てくる出っ歯の男のキャラクターがやっていた、「シェー」のポーズを取っていた。


 どうやら、戦艦陸奥としての自分と縁ある場所に、引き寄せられて現界してしまったらしい。山口県って、S市がある東北のM県とは、ほとんど本州の端から端じゃん。


「しぇー」


 最終決戦の幕開けまで、あと四日。



 果たして、ムっちゃんは、間に合うのか?

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