200/凍結の概念

(「お母さん!」)


 空瀬アスミは、現実世界で目を覚ました。


 感じていた幸福感はそこにはなく、母・空瀬アリカは「欧州へ行って」いて、アスミは迫りくる脅威の前に、自分の命を代償とした特攻をしかけた現実があった。


 白い天井が、瞳に映っている。


(生きて、る?)


 徐々に、自分が真実しんじつ大王だいおうに「ときのカッシーラー」を仕掛けるまでの経緯いきさつを思い出し始める。ぐるぐると思考が回っていると、傍らからアスミを気に掛ける気配がした。


「目を覚ましてくれて、良かった」


 聞き覚えがある声と共にアスミの顏を覗き込んできたのは、翡翠ひすいの瞳だ。聖女・中谷なかたに理華りかだった。


「私、どうなったの?」

「生きてるよ。まだ、ね。胸には穴が空いてしまったけれど」

「痛くないわ」

「私の『操認そうにん』で痛みを感じないようにしている。こちらも効いてるようで良かった。通常の麻酔は、アスミさんには効かないだろうから」


 徐々に、現実世界で「まだ」自分が生きていることを理解し始める。理華が使った「破認はにん」も解除されているようで、様々な人々から認識されてる感覚が戻っている。


「ジョー君は?」

「無事だよ。前の車両に乗ってる。ここは、祝韻しゅくいん旋律せんりつで用意した救急車両の中だ」

「そう。とうとう、色々話さないとな」

「我々は大白山に向かってる所だ。どちらにしろ、『理想的な人間像』の近くでオントロジカの供給を受けないと、あなたは危ない」


 理華の言葉が、何だか遠くに感じられる。一度死んだようなものだし、もうしばらくしたらどうせまた死ぬ運命の自分。そんな自分を、どこか遠くからもう一人の自分が他人事みたいに眺めてる感じ。ただ、理華の助力は行き届いていてありがたかった。友人と呼べるような関係ではなかったけれど、長年互恵的な関係を維持してくれた彼女に、今は感謝の念しかない。


「そうだ。敵は。真実大王は?」

「四号公園で”止まって”いる」


 理華は確認するように言った。


「あなたの心臓にあった『氷』と『マグマ』のうち、『氷』とは限定的なひょう結界のような能力を私は想定していたのだけれど、違うね? 現在、四号公園は、『時間』が止まっている。まるであの場所だけ、世界から切り離されたように」


 補い合う関係の中でも、アスミは理華に対しても秘匿はあった。しかし、『街を守る』という二人で共有した目的を尊重するために、今はもう全てを理華に話して、後を託さなくてはならない。


「そう。『氷』はね、この街でも冬に氷柱つららが見られるような意味での凍結ではなくて、『時間概念の』凍結なの」


 アスミ自身も、大王の能力の前でも有効なのかどうかは賭けであったのだが。


「敵の封印に成功したということ?」

「いいえ。残念ながら解けない氷はないの」


 アスミが告げた数字は、ラッキーナンバーから始まり、曜日、福神の数、などなど。意味深なものだった。


「七日間。正確には後七回太陽がこの地に昇り、街を照らしているまでが有効期限。八回目の太陽が昇る時、四号公園の時間の凍結は解けるわ。また、大王は収奪を始めるでしょう。それまでに何ができるか、だわ」


 理華は、アスミの手を握って、しばらく車両が揺れるのに身を任せた。


 やがて、車両が安定走行に入ると、ポツリと応えた。今日が、八月十二日だから、と前置きした上で。


「八月二十日。ちょうど、アスミさんの誕生日の陽が昇る頃。真実の暴風は再び吹き荒れるわけか」

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