172/ツインタワー

 河川敷から街の方に登り、川にかかった橋を渡って歩いて行くと、アスミはやがて、二対のビルディングが立ち並んでいる場所へと辿り着いた。街の人としては、俗に言うツインタワーである。一方のビルディングを模造してもう片方のビルディングが造られているので、昔は「既存の搭と模造の搭」などと呼ばれていた。


 築三十年にはなろうというこの建造物は古くから街の人達の目印になっている。震災でも倒壊をまぬがれ、一時不随する広場は閑散としていたものの、今では活気が戻り、一階のパン屋さんで購入した菓子パンを、ベンチに座って街の人達が食べていたりする。


 そんなツインタワーをアスミが下から見上げた時である。


 世界は明滅し、次の瞬間アスミは灰色の世界の丘の上に立っていた。


(は?)


 空気が清涼だが、少し薄い。ちょっとした高所。冷たい空気は人工の冷房の類ではなく、自然の微風。どう考えても、ここはもう真夏のS市ではない。


 さらに、丘の上にはお城が建っていた。白い煉瓦れんが作りの城壁と、だいだい色の屋根。日本人の抱くイメージで表現するなら、「中世の城」である。


 事態が呑み込めず、アスミが茫然と聳え立つ荘厳なお城を見上げていると、背後から涼風に揺られる風鈴が出す、独特に共鳴するような声が聴こえてきた。


「ここは、『構築物の歴史図書館』。失礼ながら、お招きさせて頂きました」


 アスミが振り返ると、そこには紫の髪をなびかせ、ジャンパースカートのような何処かの民族衣装を身に纏った少女が佇んでいた。


「ジョー君の、能力の?」


 何か、オントロジカにまつわる現象に巻き込まれているのだと、少しずつ状況を把握し始める。


「リュブリャナ城はどうですか?」


 紫の髪の少女は、話のとっかかりに雑談を始めるように、アスミが見上げていたお城について感想を求めてきた。


「ええと。何処?」


 なるほど、お城も構築物である。ここがジョーの本質能力エッセンテティアの世界なのだと、少しずつ理解し始める。


「スロヴェニアの首都、リュブリャナ市内の丘の上に建っているお城です。この世界では叶いませんが、常世のこの場所からは、リュブリャナの街が一望できて、それは美しい風景です」


 聞き慣れない単語が並ぶ。スロヴェニア? 欧州の一国であるのは分かるが、パっと正確な位置は思い浮かんでこない。いずれにしろ、フランス・エッフェル塔などと比べると、日本人の感覚からは片隅の国・片隅の歴史建造物という印象を受ける。


「あなたに、とても縁があるお城ですよ」

「私に? 私、海外どころか、S市近郊から出たこともないんだけど?」

「それは、縁というものが、あなた自身が実際に見たもの、聞いたものばかりから成り立っているとは、限りませんからね」


 紫の髪の少女は、そこで話を一区切りすると、本題に入るとばかりに改まって話を始めた。


「私は『構築物の歴史図書館』の司書代行です。世界の危機にあたって、あなたをこの世界に逆召喚させて頂きました」

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