第八話「夢星」(後編)

170/とある地縛霊の思索

 第八話「夢星」・後編


 八月十二日。


 朝。グローバル化の機会を捉えることの重要性を訴えるテレビの電源を切ると、アスミは家を出て、所在無く街へと繰り出した。


(今日も暑いなぁ)


 沿岸方面の集落地域から、S市の一級河川の河川敷に出て、堤防の道を歩いて行く。


 震災からの復興と、グローバル化した世界が密接に関わっていることは、アスミにも理解できる。地域に必要なリソースを持って来るとして、国内だけに依存するのではなく、海外からも補充しようという発想である。経済の話ならば、輸出して外貨を稼ぐという方策がとりあえずそうだ。


 熱を持った地面をスニーカーで踏みしめて歩いていると、自然と様々な事柄が脳裏に去来する。


 例えば、中学時代に東京行きの修学旅行を、病気だと嘘をついて欠席したこと。


 悪気があった訳ではない。どうしようもない理由があった。当時既に、蝶女王いわく「誤謬人間」であった自分。空瀬アスミという存在は、S市近辺から外に出ることができないのだ。


 理由は、アスミの義体を保つために供給されているオントロジカは、S市近郊でしか受け取ることができないからだ。


 オントロジカ研究者であるアスミの父が一つ明らかにしたオントロジカの特徴に、オントロジカの地域性がある。S市のオントロジカは質が良いゆえに狙われているという事実がある。つまり、地域によってオントロジカの質・量などが違っているのだ。


 アスミの体のことに話を戻すなら、ちょうど、通常の人間における血液型のようなものである。血液型が異なる人間の血が輸血できないように、S市以外の土地のオントロジカは、アスミの義体に供給できないのだ。ゆえに、アスミは「いのち」を保つために、S市近郊からは出られない。


(地縛霊みたいなものよね)


 アスミはボーっと熱で揺らぐ夏の大気を見つめる。


 グローバル化なる概念に当事者意識が持てないのも、その辺りに理由がある。遠くの地と架け橋を繋ぎ、繋いだらまた次の地へと繋ぎ……そうして進展していく世界の力学が今の社会の正しさなのだとしたら、どんなに橋が繋がっても何処へも行けないアスミは、そもそもその流れから取り残されている。


(あるいは世界の負債みたいなものか)


 清算された方が、みんなが身軽になる類の存在。


 最近の若者にしてはアスミは本を読む方なので、物語の正しい終わり方というものを知っている。地縛霊は成仏し、負債は清算される。その結末でみんなが幸せになれるということは、地縛霊は、そもそも幸せを「あらず」とする側の存在だということ。


(棄却された方が、世界の幸せのためなんだ)


 河川敷は開けているので、かなり遠方の建築物まで目に入る。あのS市の栄えた場所にそびえているビルディングは、県庁だ。


 その高層へと構築されていくあり方は、あるいは天を目指して尖塔を作ったというかつての欧州のゴシック建築に似ている。そんなことを想起しながら、アスミはトボトボと河に沿って歩き続けた。

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