157/彩(いろどり)
◇◇◇
(イイ一日だったな)
七夕祭りの賑わいからは既に離れ、S市の一級河川の堤防から河川敷へ降りていく階段の所に腰を下ろし、夜風に吹かれながら、ジョーはしみじみと思った。
女性陣は浴衣を既に貸衣裳屋さんへと返し済み。例えばその日その場に光が集ったとしても、日が暮れる前にはまた別れていったりもする。そんな時、今自分たちが見ている星の光は、実際にはずっと昔に発せられたものが、時間差でここに届いているんだなんて事実を思い出す。本来の存在はずっと遠くにあって、ちょっとその仮想が遊びにきてくれていただけ、みたいな。国道への分かれ道でまず志麻と別れた。続いてエッフェル塔は居酒屋などが並ぶ街の小さな夜の歓楽街へと消えてゆき、陸奥は今日はここまでと、少し路地裏に入って向こうの世界へと戻って行った。
今はアスミを待っている所。お手洗いにと堤防の道の公衆トイレに寄っているが、お祭りの日なので混んでて少し時間がかかりそうと言い置いていた。先に帰っていて良いとは言われたものの、何となく人影もない堤防でボーっと空を見上げている。
(本当にイイ日だったけれど)
一方で、一つだけ常に「不思議」が付きまとっている日でもあった。その「不思議」とは何か? 決まっている。百色ちゃんだ。
堤防の上、ジョーの横に立って川の流れを眺めている、というか見守っている佇まいの百色ちゃんに、ゆっくりと向き直った。
そして、この今日という日の「不思議」を終わらせるべく、ジョーはこの謎のゆるキャラ的存在に向かって、優しく声をかけた。
「父さん、今日はありがとう」
昼食時に家に寄った時に、父親が商店街の手伝いに行っていると聞いた時から当たりは付けていた。父は今までも、こうしてジョーの楽しい一日を陰ながら支えてくれていたのだ。
もう、その着ぐるみは脱いでいい。きちんと顔を見てお礼を言おう。
――なんてことを、考えていたのだけど。
その時、堤防の舗装路を歩いてきた人たちがいて、陽気にジョーに声をかけてきた。
「やあ、ジョー。夜風に吹かれて風流だね。お、そのゆるキャラ、本当に福引で当たったんだ。夜遅くならないうちに、商店街の方に返してくるんだよ。こういうイベント、裏方の人達をずっと待たせておくのも悪いからね」
声をかけてきたのは、いつもの黒縁眼鏡をかけて飄々と歩いてきたジョーの父であった。一団は夜のお祭りの雰囲気を見てきた宮澤家の人々で、ジョーの母、アンナお祖母ちゃんの車椅子を押してるカレンの姿も見られる。
「ジョー。お祭りの日ってテンション上がりがちだけど、日付変わる前には帰ってきなさいよ。女の子とお泊りとかはまだダメ。お姉ちゃん、許さないゾ」
すれ違い様、むしろテンション上がってる感じのカレンも声をかけてきた。
「
カレンに身を委ねているアンナお祖母ちゃんからも一言。母は特に語らず、満ちている表情だけをジョーに向けてた。忙しい人だけど、父さんと散歩したりするのは好きな人なのだ。
いや、待てよ。でもそうなると、今、横にいる百色ちゃんって、誰なんだ?
ジョーの家族達が歩いて去っていくと、堤防の回りに静寂が訪れた。結界が張られたように人々の気配が遠ざかって行き、ただ、少し離れた所をせせらいでいる川の、優しい音だけがしていた。
そして、不意に横から声をかけられた。
「アスミちゃんは、イイ子だね」
ビクっとして振り返ると、声の主は彼としか思えない。百色ちゃんだ。彼女ではなく彼と形容したのは、声が思いがけずダンディーだったから。
なんだか、長い年月を積み重ねてきた重厚な声色に、ジョーはゆっくりと立ち上がって居住まいを正した。真正面から、百色ちゃんと向かい合う。
「体を洗ってもらって、気持ち良かった」
墓石のような造形の体に、ぬとんと垂れているやる気のない目。しかし、くすんだ黄色の体表はその色を変え、グラデーションをしながら光を放ち始めていた。
続いて、今朝、ゴミ捨て場で一度だけ感じた存在変動律が、百色ちゃんから発せられ始める。一つの色に定まらない、不思議な百色の存在変動律。
「間もなく、運命の帳が落ちるんだ。アスミちゃんに『過酷』な時が訪れる」
百色ちゃんが発している光の色は、カーマイン、
「応援する。世界はこんなにも広いのに、アスミちゃんを真実の業火と運命の
繋がり、廻る百色ちゃんの色は、
「でも君は、あまりに分が悪いヒーローだから。本当はダメなんだけど、僕の力をちょっとだけ置いていってあげよう」
互いに連鎖し、光り続ける色は、凪黄金。
「フロッピーディスクだ。君はもう知らない世代か」
百色ちゃんは体の形を自在に変化させ始め、台形に固定されていた体はゆらぎ、不定形の光の波へと変化していた。
「じゃあ、僕はこの辺りで。孤独にだけはならないように、気をつけてね。健闘を、祈ってる」
ぬとんとしたやる気のない目だけを残して百色の揺れる光になっていた百色ちゃんは、徐々に天へと昇り始め、最後に色が白、黒、灰色に変わる頃、最後まで残っていた目も含めて、全てが何処へと還っていってしまった。
残されたのは、堤防にジョー一人。
結界が解けたように、また周囲に人の気配が戻ってくる。
ジョーとしては、何だか取り残されてしまったような虚脱感。そして、起こった出来事に対しての幾ばくかの混乱。
でも、一つだけ、確かなこと。ジョーの右手には百色ちゃんから渡されたフロッピーディスクがしっかりと残ってる。幻では、ない。
(まだ良くは分からないけれど)
百色ちゃんが昇っていった、七夕の日のS市の夜天を見上げる。
百色ちゃんは、アスミを守れと言っていた。
「頑張って、みるよ」
川の流れる音を聴きながら、静かに、それでも変わることがない自分の本心を確かめる。
夢一夜。少しだけ、ジョー本人もまだ自覚していない事柄について。
間もなく、最後の物語の幕が上がろうとしていた。
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