156/詩人

「志麻、朝の約束だ」


 そう言って歩く方向を変えて脇道に入っていくジョーの背中を、志麻は追いかけた。他の面々も後に続く。


 路地は大通りに接合されていた。普段はS市が「杜の都」と呼ばれているまさにその場所という感じで、整った街路樹の緑が落ち着いた空気を演出している通りである。


「俺が知ってる、七夕の日の綺麗な場所」


 自然の星の光と、提灯の人工の光は半々くらい。各々の装飾に身を包んだ行き交う人々は、その視覚的な色とりどりの姿に加えて、笑い、高ぶり、慈愛、エトセトラ、そういったそれぞれが内に感じている感情で、場に様々なリズムを、躍動を加えているかのよう。


定禅寺じょうぜんじ通り、わりと有名所よね」


 アスミがジョーに突っ込みを入れている。


「でも私、七夕の日に来たのは初めてだわ」


 歴史的には、S市の音楽をやる若者たちが表現の場に使っていた通りということもあるだろうか。この日も場は音に満ちている。ジョーがいう「綺麗」には、視覚的なもののみならず、音とか、匂いとか、そこはかとなく感じられるそれらを超えた感覚とか、トータルでの美しさの意味があるように思えた。


 志麻が特に感じたのは笛の音色。和の横笛の音色が遠くに優しく響いている。人々の息遣いとか、並んでいる樹木が内に秘めている鳴動とか、それら全てに音があり、木霊しながら、連なる旋律を続く道の果てまで奏でている。


 思わず、志麻は口ずさんだ。


「星明りから、街灯までの段々模様。願い事のトゥウィンクルが一つ一つの存在の中で輝いていて、どんな暗闇の中でも、その光を繋いでいけば、何か『意味』という光を見いだせるんだわ。ちょうど、星座みたいに」


 口に出してしまってから、すぐさま顔が真っ赤になり、視線を落とした。


「私、今、恥ずかしい事言った!」


 浴衣など身に着けて、ちょっとハイになっていたのだろうか。


「え? あんたはいつもそんな感じじゃない? 妖怪・ポエミー・女、それが志麻よ」


 アスミが、フォローになってるようななってないような事を言う。


「志麻さん、カッコいいです」


 陸奥は本心から褒め称え。


「今の、録音しておいたから、ネットに上げよう」


 エッフェル塔は、それはやめて! というようなことを言い。


 百色ちゃんは相変わらず無言で佇み。


 そしてジョーは。


「志麻は詩人になればイイんじゃないか。檀家の仕事とかと、両立できそう」


 などと、将来の事なんて決まってない自分を棚に上げ、お気楽な言葉をかけてくるのだった。

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