123/再び不思議な世界
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宮澤ジョーは不可思議な空間に佇んでいた。
大巨神の暴虐が渦巻く荒ぶる世界とはあまりに違う。喧騒はそこになく、ただ、悲しいばかりの静寂があった。
(また、ここか)
様々な構築物が散乱している。時間が止まっている。灰色の世界。
破壊された船。忘れられた城。一方でこの国の学校の教科書にも載っているようなシンボリックな遺跡。石像。石造りの時代から近代的な建築法に至るまでの建造物。そして、陸奥と出会ったから分かる、いわゆる「兵器」なんかも所々に見られる。
それらを一言で形容するならば、やはり「構築物」だ。この場所には、あらゆる「構築物」が、過去や現在の時間・東西の空間を問わず、多様なまま、その光を失い、散乱している。
「右手に橋を。左手に塔を。胸には
背後から妖艶な声がしたので振り向くと、そこにはまたあの少女が佇んでいた。今度は傘をさしている。気が付けば、今回のこの空間は雨が降っている。
紫の髪を長く伸ばして、サラファンと呼ばれるロシアの民族衣装を纏い、目を細めてジョーを見つめている。
「ここは『構築物の歴史図書館』。図書館だから、彼の世界のあなたに、一番必要とするものを、貸し出しましてよ」
複雑だが、どこか調和している刺繍が施された傘をさした、紫の髪の少女は、優し気にそう語りかけてくる。
「また、力を探しているんだ。こんな時ばっかりで悪いんだけど、大事な人がピンチで。しかも今度は二人で」
サラファンの少女は、間を置かず、迷いもせず、遠方の一点を指さした。
「今回は逆指名があります。彼の搭が、とある縁であなたに力を貸すと申しております」
少女が指さした先にあった、その存在は、初めてここに来た時も真っ先に目についた、あっちの世界の中でも破格な、世界にその名を轟かせる搭だった。
「陸奥はひぃじーじの縁者だったのが分かったけど、俺、あんな有名所の搭と接点なんかないと思うんだけど」
少女がくるりと一回転すると、傘についた水滴がふわりと空間に浮遊した。
「あなたのお父さんが、若い頃から彼の地と、彼の搭の素晴らしさを世界中に沢山宣伝してくれたので、感謝していると、彼の搭は申しております」
「父さん?」
確かに、件のジョーの父が人生で一番影響を受けたという九十年代初期のアニメ―ション作品の第一話は、彼の搭が舞台だったと記憶しているが。父が若い頃から遠くは欧州のその場所に熱い想いを寄せていたのは知っていたし、その地、その搭、そのアニメーションに纏わるホームページなんかも作っていたようではあったけれど。
「でも、そんなことで? 俺の父さんは、良い人だけど。ただの会社員だし。目もなんかギョロっとしているし。ぶっちゃけただのオタクっていうか」
サラファンの少女は傘の外に腕を伸ばして、雨の水滴を掌に受けた。
「そのような表層はどうでもイイ、と彼の搭は申しております。ただ、受け取った『もの』と『こと』の分を、返しに行くという天則を全うするのみだと」
「そうなのか。じゃあ、ありがとう」
「それでは、常世に戻り、あの言葉を発した時が、あなたの物語の『続き』の始まりです」
傘をさした少女はくるりと踵きびすを返した。伝えることは伝えた、とでもいった風に。
「あのさ」
「はい?」
少女が振り返る。
「君も、何か俺と縁がある
傘を倒して顔を隠す少女。
「今は私のことはイイでしょう、ただ……」
少女は少しだけ言葉を続けると、傘をくるりと回してから、構築物の影に立ち去って行ってしまった。
「やはり、いつか私のことも思い出さなくてはならない時が来るかもしれません。それは私の喜びであるかもしれませんが、あなたの過酷であるかもしれません」
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