105/限りなく透明に近い青
捏造なのか、真実なのか、母親の現在に触れられてから、志麻は動けなくなっていた。海原で羅針盤を失った船のごとく、茫然と灯台の光を探している。そんな志麻に向かって、蝶女王は言葉を続ける。
「本当は今の世界を壊したいと思ってるのは、あなたも私も同じ。ここからは、個人的なあなたへの興味というよりは、『真実』の話です。じゃあ、どうしたら母親から沢山奪われたあなたは報われるのでしょうか。あなたを虐げ続ける世界を壊すことができるのでしょうか。答えは実質的に一つしかありません。それは、あなたが奪う側に回るということです。そうして力を手にして、世界から虐げられるのではなく、世界の方をコントロールする側に回るということです。大多数の愚鈍なる普通の人間たちからオントロジカを取り上げ、世界を正しく導ける少数の有資格者に集中させるということ。あなたも既に、それがどれだけ世界を良くするか、本当は分かっているはずです。そんな有資格者のことを、私たちは便宜的に『勝者』と呼んでいるのです」
蝶女王は、誓いをうながすように、手の甲を上にして志麻に向かって差し出してきた。
「『
同意するなら、手を重ねろということだろう。
「一つだけ、聞かせて」
何を言ってるんだ。連盟に参加するつもりなんてない。いやでも、この美しい女が語っている事が真実、いわば世界のルールなのもどこかで分かってる。
それでも、
「昼に、私と宮澤君のことは勧誘していたわね。アスミは、アスミはどうなの?」
アスミは。アスミだけが、この苦しい世界での唯一の光だった。
「男の子の方は、面白い
蝶女王は、簡素に、当たり前の事を口にするように。続けた。
「あのアスミという女はダメです。あなたも分かっているのでしょう? 有資格者であるとか、ないとか以前に、あの女は『この世界にいてはいけない存在』ではないですか」
蝶女王の返答の意味を、幾ばくかの時間をかけて魂に刻んでいく。
やがて、志麻は心の奥に灯り続けていた光が消えているのに気づいた。少し違う。そんな光は、最初からなかったのだ。
志麻はゆっくりと左手にはめていた黒手袋を外して、地面に落とした。薬指にはめていた指輪――水晶武装「蒼影」が顕わになる。
「自分が傷ついているということと、他人が傷つけばイイっていうのは違うから」
それは、蝶女王に対する拒絶の言葉である。そう考えることは、自分が自分でいるために、譲ってはならない一線だった。
「蒼影」が輝き始め、志麻の薬指を中心に、波のように周囲に志麻の存在変動律を伝え始める。山川家に伝わる水晶武装「蒼影」の力とは、己の生命残量。具体的には寿命と引き換えに、極大のオントロジカの使用を、詠唱時間ゼロで可能にするものであった。
志麻は、自分にとって大事な誓いを述べている。だけど、志麻は涙を流している。先ほどまであった、魂の揺らぎも今はない。志麻の中心は、今や何の振動もない、「無」だ。やがて志麻は、幼少時にすがった、自分の想像力が生み出した世界を壊して回る大きな機構怪獣の名前を口にする。
「ガンディーラ、ガンディーラ、世界を壊す最後の一歩、貫いてみましょう破滅の意志」
分かってた。分かっていたんだよ。母親に切り捨てられて。優れた人間になんてなれなくて。そんな自分を許せなくて、
志麻の薬指から波打つように伝播する存在変動律が、愛護大橋全体を覆い始める。
その悲しい存在変動律は、色がこれまで志麻が発していた「青」とは違っている。
その色をあえて形容するならば、「限りなく透明に近い青」であった。
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