103/傷
志麻は、銀の鱗粉が舞う中を憂いの表情で佇んでいる超女王改め蝶女王の美しさを、認めざるを得ないでいた。
ゆえに、表層的に拒絶の態度を取りながらも、蝶女王が言う「対話」に応じてしまっている。
「こちらの理念は説明済みですが、山川志麻さん、あなたは私達の連盟に参加するべき人間です。澱みを抱えたあなたが
「それで世界中のオントロジカを収奪して回るというの? それは、普通の人達から『奇跡』を取り上げているってことだわ。そんなこと、許されるはずがない」
上空の巨大蝶が、蝶女王の意志一つで志麻を強襲できる状況である。元から対等な「対話」ができる状況ではなかったが、志麻の心が擦り切れそうなのは、戦闘において劣勢だからというだけではない。自分で、自分の言葉に力が宿っていないのを、自覚しつつあるからだ。
「その『普通の人達』に守る価値があるのか、ということです。例えば、
母親に言及され、志麻は急所にナイフを突きつけられたように体を震わせる。
「目を背けているのならば、教えてさしあげます。あなたとあなたのお父さんを捨てて失踪したあなたのお母さんは、今ではあなたのお父さんではない、新しい『より優れた』男性と暮らしています」
「だまれ」
一言目は静かに。落ち着くんだ。自分を取り込むために、嘘を言ってる可能性がある。だいたい、何で蝶女王がそんなことを知っている。いや、彼女の索敵能力があれば? あるいは敵の組織の情報網がある? 確かに、二〇一一年の地震の後にあの女がいなくなってから、二年半も経っている。あの女が新しい男と暮らしていても、何の不思議もない?
「その『優れた男性』との間に生まれた新しい命を、あなたのお母さん『だった』女は心から愛していて、初めて幸せというものを噛みしめながら暮らしています。あなたのことは殺そうとまでしたのに。その新しく生まれた、彼女に幸せをもたらした『あなたよりも優れた』娘の名前は……」
「だまれっ!」
二言目は、鬼気迫るように。狂おしいように。左手首の古傷がズキンと痛む。
蝶女王はしばらくの沈黙のあと、穏やかに、心から憐れむように、志麻に声をかけた。
「やはり、許せないと、壊したいと思ってるのではなくて?」
蝶女王の背後に、『
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