66/菊の紋章

 ひい祖父のアパートを出ると、陸奥が待っていた。


「ジョーさん、ご機嫌いかがです?」


 後ろ手のまま、少し体を傾けて、つぶらな瞳をジョーに向けてくる。


「陸奥は、ひぃじーじの縁者だったんだな」

「はい。初めて現界した日、ジョーさんの記憶と共に、兵司ひょうじの記憶も私の中に入ってきました。だから現在の私のこの世界に関する認識は、二人の記憶から成り立っています」


 なるほど、時折ジョーが知らないことを陸奥が知っているのに合点がいった。それはおそらく、ひい祖父の方の記憶から導き出された知識なり知恵なりなのだろう。


「教えていなかったことをお詫びします。でも、まだこの時代に生きている兵司がジョーさんに伝えたいと思った時に、兵司の口から伝える類のことだと思ったのです」

「いいさ。咎める気持ちなんてない。ただ、ひぃじーじは、戦艦陸奥に乗っていたって話を、どうしてこれまで俺にしなかったんだろう」

「それも、いつか兵司本人から、聞く時がありましたら」

「そうだな」


 ジョーは手にしていたあるものをそっと陸奥に手渡した。


「何を思ったのかひぃじーじがくれた。俺にはどれくらい由緒あるものなのか分からないけれど、陸奥が持っていた方がよい気がするんだ」


 菊の徽章きしょうであった。現代では士業の人間がつけるものというイメージが強いが、何か、そういう枠にとどまらない歴史を感じさせる黄金で出来た徽章であった。


「ありがとうございます。菊の紋章は私の艦首に輝いていた、私の象徴なんですよ」


 陸奥は受け取った徽章を握りしめ、胸元に当てると、しばし瞑目して祈りを捧げた。


「明日は頼りにしてる」


 本当は、陸奥本人の口から聞いてみたいこともある。ただ陸奥いわく魂の奥の繋がりのようなもので、戦艦陸奥という存在に起きた破綻と、その事象にまつわるうずまく感情の断片のようなものを感じていたジョーは、そう告げるだけにした。


 黄金の月が、発展と破綻と、そして修復を繰り返す街の片隅にいる二人を照らしていた。そんな夜だった。

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