55/沿岸地域の幸を出す居酒屋

「志麻さん、こっちですよー」


 友人に会うのが本当に嬉しい、とでもいうような態度で、手をぶんぶんと振っている陸奥の姿が志麻の目に入る。


 はて、アスミにメールで呼び出されて、再開発地域のアスミの父親が経営を手伝っている居酒屋まで来たのだが、当のアスミの姿はなく、アスミの衣服をまとった陸奥だけが待っていた。先の大熊との戦闘で共闘して以来、特にこのジョーの能力で現界しているという少女に会ってもいなかったが、あちらとしては、既に志麻に仲間意識のようなものを持ってるらしい。


「あと一人、来られるそうです。海の幸を味わいながらの晩酌ということで、私、楽しみで来ちゃいました」

「は? アスミは?」


 何かがおかしい。明日から超女王の拠点探しが本格的に始まるというタイミングで、居酒屋に集まろうというメールも何か変であったし、そもそも現在志麻はアスミの家に寝泊まりしているというのに。何か話があるなら、その場ですれば済むというものである。


「お待たせしました~って陸奥ちゃんは相変わらずかわゆいね!」


 場に違和感を感じ始めていた所に、また未知の女が現れる。綺麗に流した金髪に、黒のギンガムチェックのワンピースを着ている。所々にリボンのアクセントが効いて可愛らしいが、全体としては落ち着いた印象。年齢は自分より少し年上に見える。


「カレンさん、こちらがジョーさんのお友達の志麻さんです」

「はー、こちらも可愛い! 何なの、ジョーに何が起こってるの!?」


 ダバダバと様々な角度からカレンに視認された志麻は、状況が読めないので、とりあえず対外向けの作り笑いを浮かべた。基本的に、アクティブな感じの同性と話すのが苦手だった。もっと言って、アスミ以外の人間と話すのが苦手だった。


「ジョーの姉のカレンでっす。ジョーが急用だっていうので代わりに来ました。それもどうなのって思ったけど、コース頼んじゃってるって言うし、今宵、ささやかによろしく!」

「はぁ」


 どういうことだと思ってるうちに、陸奥が志麻の背中を押して、居酒屋の中に連れて行く。アスミの父親の縁があるので、この居酒屋も知っているし、出される料理が美味なのも知っている。しかし何故に自分が、宮澤ジョーの姉と、昔の時代の戦艦と、小一時間食の場を共にしないといけないのか。


 内に文句やら感情の高ぶりやらを秘めていても、気心の知れない他人には、それをそのまま表現するのを警戒するのが志麻という少女であった。志麻は、場の雰囲気に抵抗できなくてという少々情けない流れで、曖昧な笑顔を浮かべたまま、陸奥とカレンと共に、この焼きがれいと赤貝が一押しの居酒屋に入っていった。

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