54/ジョーの父

 朝。ジョーがリビングルームへ赴くと、隣接するキッチンで父親が朝食を作っていた。母親の方はまた翻訳稼業の方が忙しいのだろう。本日はまだ寝ている模様である。


 ジョーの父親は地域の大学と産学提携している企業で、ロボット開発の仕事をしている。こちらも忙しい人で、朝早く家を出て、夜遅く帰って来るような生活である。今日、朝にこうしてジョーと対面するのも珍しい出来事だ。


 実際、ジョーの両親が働き詰めなのは、宮澤家が経済的に余裕がないからでもある。マンションの七階と九階を分譲しているという、少し変則的な二世帯住宅である。アンナお祖母ちゃんが常に介護者を必要とするほど身体が不自由であること。当のマンションも二年半前に震災被害を被っており、修繕費用が多額に上っていること。アンナお祖母ちゃんとひい祖父の年金を使い、かつ両親が働き詰めで、ようやっと生活を維持している状態である。


 ただ、ジョーの父親は自身の仕事をそこそこ気に入ってる側面があり、経済的に余裕はなく働いてばかりという状況でも、それほど悲壮な雰囲気を纏っていない。ジョーの父親は、ロボットとか、そして漫画とかアニメとか、さらに概念として「構造的なもの」を愛する人である。つまりは一言でいうとオタク気質であり、姉のカレンは間違いなく、父親の影響を強く受けている。


「ジョー、この前、何だか可愛い女の子を連れてきたんだって?」


 そんな、黒縁眼鏡に白髪がまじるようになってきた頭髪を短く整えた風貌の父親が軽い感じで語りかけてきた。


「ああ、陸奥。ちょっと、俺に縁がある人らしい」

「らしい? 変わった言い方するなぁ。ふむ、つまりそれはボーイ・ミーツ・ガール的な何かであり、その女の子に関する物語を、ジョーはまだ知らないと」


 そう言って、父親は自身の人生を変えたという、八十年代に制作された「ボーイ・ミーツ・ガール」のアニメーション作品の名称をあげた。その作品は幼い頃に父親のコレクションを観ていたので、ジョーも知っていた。フランスのかの有名な搭の上で少年と少女が出会い、始まる物語であった。そう、父親が好きなものにもう一つ、フランスがある。おそらくはそのアニメーション作品の影響なのだろう。フランスの食べ物から人物、建築、社会構造にまで詳しく、確かフランスのことだけ語っているホームページなども持っていたはずだ。


「父さんは、戦艦陸奥って知ってる?」

「ほぉ。俺にそんなことを聞くってことは、いよいよジョーも大人になる頃なのかもしれないな」

「どういうこと?」


 父親は表情を変えず、味噌汁の出汁を取っている湯を見つめながら、朝食の準備を進めている。


「例えばだが、八十年代のアニメーション作品があり、九十年代のアニメーション作品があり、二000年代のアニメーション作品がある。さて質問、どこか一つ、例えば九十年代のアニメーション作品がまるまる存在していなかったとしたら、その後の二000年代のアニメーション作品、そして今の二0一0年代のアニメーション作品は、存在していただろうか?」


 父親の会話のテンポが独特なのはいつものことなので、ジョーもジョーなりに父親の意図を探りながら返す。


「たぶん、無理だろう。どこかで途切れてしまったら、いきなりゼロから全く新しいものが生まれたりはしない。仮に今アニメーション作品があったとしても、それはかなり違うものになっていたと思う」

「だよな。悪いけど、聞くべき人から聞かないといけない話なんだ。俺から言えるヒントはここれくらいだな」


 ジョーは父親を訝しんだ。意味は分からないが、父親は父親なりに、何か核心めいたものを持った上で話してる気がする。


 父親は、話は終わりとばかりに鼻歌を歌い始めた。


 隠している。とまで言えば大袈裟化もしれない。しかし、時折父親がみせるこうした意味深でそれでいて飄々ひょうひょうとした態度は、宮澤家にまつわる秘密に関係があるのだろうか。


 ジョーと、カレンについてだけの話である。二人とも、もう子供でもない。ひい祖父が、アンナお祖母ちゃんが、そして父と母が、二人にだけ伝えていない「何か」が宮澤家にはあるのを、ジョーとカレンも敏感に察知していた。

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