36/幸せな側

 無償で自分を愛してくれていると信じていた人の両手が、「戸惑いをはらんだ殺意」を携えて、喉元に伸びてくる。何度も繰り返し見る悪夢。


 山川志麻は、どこかでそれはもう夢の話だと気付きつつ、少しずつ意識を覚醒していった。こういった眠りから覚める頃、夢と現実の境界の世界で考える事柄も、既に自分なりには何度も反芻した想念だ。母は、二年半前に志麻と父親を捨てて出て行った。


 それでも、志麻は心の奥から母親を責めることができない。地震はきっかけに過ぎない。もう何年も前から、母は自分の娘が愛せないという己の本質的感情に、母自身が一番苦しんでいた。


 部屋の窓の外には朝に放った機械鳥が戻ってきている。収集したデータは志麻の能力を介して、ワイヤレスで手元のスマートフォンに転送が可能である。


 やがて、ベッドの上でボンヤリと宮澤ジョーという人間の様子データを眺めている志麻は、次第に心が冷めていく。


 子に普通の愛情を注ぐ母がいて。身体が不自由な祖母に寄り添う姉がいて。自由に暮らすひい祖父がいて。


 なんだ、やっぱり、思った通りの、幸せな側にいる人間じゃないか。


(ガンディーラ)


 少々、詩を作る趣味を持っている志麻は、幼少時から心の中で繰り返してきたその呪文を、また心の中で唱える。


 やはりこの男は、アスミにはふさわしくないのではないか、と。

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