35/街角
陸奥は自販機の横に落ちていた空き缶を蹴り上げると、リフティングの要領で器用に二回足で弾ませると、そのまま空き缶用のゴミ捨てに弧を描くシュートで入れて見せた。何やら大人しかった今までとはまた変わって躍動的で、ジョーとしてはこっちの陸奥の方がしっくりくる。
「ジョーさん、私は、お腹が空きました」
陸奥が視線を送ってる先はタコ焼き屋だったので、催促されているのだと気付く。
持ち合わせで足りるかなと、高校生なりの経済事情で思案する。見た目と仕草は年下の快活な女の子。タコ焼きくらいおごってやりたい気持ちが上回る。
このタコ焼き屋とは、特に親しく会話するほどではないのだけど、店主のおじさんとジョーはお互いの顏を認識しているという関係だった。震災の時、本震の翌日から残りの材料でタコ焼きを焼き続けていたこのおじさんを、密かに尊敬してもいる。
そんな半分顔なじみのおじさんは、タコ焼きを焼く作業を進めながら、ちらちらと陸奥の方を見ている。ジョーが本日は陸奥を連れていることに興味を抱いているのが伝わってくる。
商品のタコ焼きを手渡される時、十個入りのパックの上に、ちょんと十一個目が置かれていた。普段は追加されないサービスなので、陸奥の効果だと考えられた。ベンチに座って目を輝かせて待っている陸奥を見ると、その気持ちも分からないではなかった。
「この口全体にひろがるジューシー感。生地自体の自然な甘さに、ソースの辛みが上品に効いている!」
そんなことを言いながら、陸奥はパクパクとタコ焼きを口に運んでいく。
「俺、二つくらいでいいから、後は陸奥が食べてイイいぞ」
たいへん感動してる様子なので、そう申し出る。ジョーとしては、パックのタコ焼きを左右から爪楊枝で刺しては口に運びつつ、陸奥と並んで街の様子を見ている。それだけで満足が感じられた。
「さっきは大人しかったじゃないか」
「いえ、私の中にある、私がいた時代の記憶と、今この体で体感しているこの時代の空気の違いにとまどい、そして感動してしまって」
そう言って、街を流れゆく人々、自動車、復興作業のための重機、そういったものに目を向けた。
「身体が不自由なお祖母様を、カレン姉さまもジョーさんも、大事にしておられました」
「姉ちゃんはエラいよな。でも自分のお祖母ちゃんだし、大事にするのは当たり前だ」
「それは……」
当たり前のことではないのですよ、と陸奥は続けようと思ったが、思いとどまった。彼女から気遣いを受けたことに気づかぬまま、ジョーはカレンやアンナお祖母ちゃん、彼の「家族」との時間を思い浮かべたりしている。
「さて」
タコ焼きを食し終わったので、一区切り、といった感じで陸奥は切り出した。
「お腹がいっぱいになったので、私、少しあちらの世界で休みますね。夕方の会合でご入り用でしたら、またお呼び出し下さい」
人目を避けて路地裏まで移動し、立体魔法陣を起動する。陸奥は、手を振りながら去って行った。
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