29/例えてみよう

「まず、オントロジカが何なのか、学校の先生があらかじめ理解している知識を明確に説明するように伝えられないのを謝っておくわ。この地のオントロジカを守人として守ってきた空瀬家も、もう一つの山川家も、正直まだよく分かってないことも多いのよ。もちろん、ある程度の歴史的な経験則から導き出している事柄ではあるのだけど、基本的にはイメージの話になるわ」


 アスミはそう前置きする。


「さて、ジョー君、愛する人が重篤な病気でもう99パーセント目を覚まさないだろうとお医者様に言われたとする。だけど、それでもその人の回復を願って、例えば流れる星に願い事をするの。私のこの先の人生の大部分の幸福を対価に差し出しても構いません。愛するその人を助けて下さいって。あくる日、愛する人はそっと目を覚ます。お医者様は驚く、信じられないって。こういう話のこと、どう思う」


 何か、話のとっかかりなのだろうと受け取り、しばし思案した後、率直な見解を返す。


「奇跡が起こったってことじゃないか」

「あ、その言葉イイわね。そう、そういう『奇跡』がこの世界に起きる時に、供給される『何か』、それがオントロジカよ。その『何か』の大きな塊がこの地にはあって、それを奪いに来たのが昨晩のインヘルベリア先生、守ろうとしたのが私」


 ジョーなりに、手渡された短い情報を整理してみる。


「図に描いてみていいか?」


 そう言って拾った木の切れ端で地面に図を描きはじめると、アスミはきょとんとした。やや意外な反応だったらしい。


「電気の流れに例えてみよう」


 電池が一つなのか複数なのか、複数の場合直列なのか並列なのかまだよく分からないが、まずはシンプルに。そうして、電池一個と配線、電球の図を地面に描く。


「あ、分かりやすいかも。何かこういうの、男の子っぽいわね」


 アスミの感想をよそに、ジョーは自分なりの理解を伝える。


「まず電池。エネルギー源だよな。これが、この土地にあるオントロジカの大きな塊。次に電球が光るということ。これが、『奇跡』の出現。で、奇跡が起こるには、電源であるこの地のオントロジカっていう電池から、電気の供給を受ける必要がある、と」


 こんな感じか? とアスミに目線を送ると、アスミは感心したように頷いていた。


「だいたいオッケーよ。この図、頂きね。次の話にも入りやすいわ」


 そう言って、今度はスカートのポケットからマッチ箱を取り出し、マッチを一本擦ってみせる。


 続いて火を空中に放ると、人指し指を差し向ける。淡い火炎が花模様に変化する。小さな花火の趣である。アスミは指を動かしながら、そんな火炎を回してみせたり、収縮、拡散して見せたりする。


「昨晩も見たわね。こういう不思議な能力も、オントロジカの供給を受けて可能になる『奇跡』の一つなわけ。本質能力エッセンテティア、そう呼ばれてるけどね。ジョー君の図で言うと、電球の光の一つの形。どんな能力が使えるかは、人によって違うわ。そして、自身の力で本質能力という電球を光らせることができるようになった者を、存在変動者と呼ぶわ」

「なるほど」


 昨晩断片的に聞いた用語がジョーの頭の中で整理されていく。ジョーのケースに当てはめるなら、ジョーはオントロジカの供給を受けて『構築物コンストラクテッド・歴史図書館ヒストリア』という本質能力を使えるようになった存在変動者ということになる。


「昨晩のインヘルベリア先生みたいなのは、しょっちゅう来るのか」


 次に、敵の情報を求める。


「定期的に、この地のオントロジカを奪いにやってくる存在変動者っていうのはいるわ。そういうのにこっそり対処するのが、空瀬家と山川家の役目だったんだけどね。でも、昨日の牛人クラスの強い存在変動者と戦闘になったのは、私は初めて。先祖の代になると、もっと凄い、伝説級、神話級の存在変動者と遭遇したこともあるらしいのだけど」


 少しずつ、アスミと、そして自分が置かれている状況を整理していく。伝説や神話に記されている著名な人間の幾人かは、存在変動者だったのかもなと推理したりしながら。そもそも、歴史上に記されている奇跡的な出来事には、オントロジカが関係していたのかもしれない。


「オントロジカの塊って、別にこの地にだけあるわけじゃないのよ。世界中に、さらっとあったりするしね。ただ、この地のは大きいし質が良かったりするらしいのよね。そのせいか、いよいよ強い収奪者たちに目をつけられちゃったってことなのかも」

「牛人に変わる時、インヘルベリア先生は『世界勝者連盟』って口にしてたぞ」

「うん、それも気になってた。何らかの組織的、集団的な存在に目をつけられてしまったのだとしたら、私の代になってからは初めてだわ」


 ジョーはため息をついた。ただでさえ、大変な状況の国、地方、街なのだ。奇跡の力の塊なんてものがあるのなら、沢山の困ってる人たちに伝わればイイのに。


「何だって、既に強い連中が、わざわざ奪いにやってくるんだ」

「それは……」


 アスミは、視線を上方に泳がせて、ご神木の青葉に目をやった。ちょっと、何かに諦観しているように。

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