30/世界の歴史

「ジョー君、世界史のテスト、何点だった?」


 ジョーたちの高校は一年生の一学期の社会は共通で世界史であった。急になんだと思いながらも、素直に答える。


「期末は、76点だった」

「そ、十分」


 後にアスミ本人は98点だったと聞き、逆に何を一問間違えたのかと思ったが、それは置いておく。


「さっきの質問だけど、それって、なんで十九世紀の帝国主義の頃に、西欧諸国が植民地獲得競争をやったのか、って話よね」


 アスミは少し遠くを見つめたまま話を続ける。


「強者の立場であるために、消費地の獲得競争をやって、お金の獲得競争をやって、資源の獲得競争をやって、そして情報の獲得競争をやって……そうやって続いてきた人類の歴史が、今度はオントロジカの獲得競争に入ろうとしている。私たちは、その過渡期の時代にいるってことなんじゃないかな。次の何十年か何百年か分からないけど、オントロジカを押さえたものが勝つ時代に入るって、それこそ頭がイイ強者は気づき始めているのよ」


 ジョーは無言で、アスミが見上げていた御神木の先の空に目線を向けた。今のアスミの解説は、少し胸に染みる。


 勝ち抜いた国や人々が栄えた一方で、収奪された側の国や人々がどうなったか、という世界の歴史に想いを馳せる。そして後者に共感するのはつまり、ジョーは自身が勝者になれない側の人間だと理解しているからだった。


「それでどうする?」


 状況は一通り伝えたといった様子で、アスミが問いかけてきた。


「どうするって言っておいて、ジョー君にはあんまり選択肢がないのが申し訳ないのだけど、ジョー君には私たちの仲間になってほしいのよね」


 ジョーとしては、改めて問われなくても、既にアスミに対して仲間意識を持っていた。また昨晩の牛人のような存在とアスミが戦わなければならないとして、どちらに加勢するかと言われたら、問われるまでもなくアスミの方だった。


「選択肢がないっていうのは?」

「本質能力に目覚めちゃったから、何らかのきっかけでジョー君からも存在そんざい変動律へんどうりつが発生しちゃうのよ。存在変動者同士は、お互いの存在変動律を認識できてしまう。敵は、まず存在変動律をたよりにこの地の存在変動者を探し、そこからオントロジカに至ろうとするわ」


 存在変動律とは、おそらく昨晩牛人やアスミが出していた「波」のようなものだろう。


「俺って、狙われる立場になったってことか」

「そう。本当は巻き込みたくないのが本心よ。でも、こうなっちゃったら、互恵ごけいの観点から、こっちに加わってもらうしかないかなって」


 確かに、昨晩の牛人のような存在がまたやってきたとして、一人で戦うのは厳しい。互恵か。友達としての気持ち云々以前に、実利的にそうするしかないというニュアンスが伝わってくる。


「了解した。俺としても、一人であんなのと戦うのは大変だ」

「オッケーね。じゃあ、ひとまず共闘関係成立ということで」


 アスミがグーを握って差し出してきたので、ジョーもその拳に拳を合わせた。


「じゃあ、今度は私から、召喚の本質能力、その後、どうなの?」


 ジョーは零時を回ると再び陸奥が召喚可能になった旨を告げて、やってみせるよ、と左腕を90度に曲げて、半身を左にひねった。


「何よ、そのポーズ」

「え。これから能力使うぞ、っていう表現だよ。昨日、寝ながら考えた」

「ああ、そういう頃ってあるわよね。私も一時、自分の本質能力のバリエーションに、カッコいい技名とか考えてたわ。中学生の時だけど」


 アスミの態度からは、私はその段階はもう卒業したけど、という含みが感じられる。ジョーは、俺、憐れまれている? と思ったが、気を取り直して同じポーズを取って、起動の言葉を発した。


「『共存コ・イグジス・開始テンス・オン』」


 存在変動律の波風が神社の敷地内に伝わり、紫の立体魔法陣が現れる。


 ジョーとしてはコツを掴んだ感じで、もう現象自体には驚かない。ただ今回だけの特別な事柄として、陸奥は片膝を折り曲げて、左手は手首を折りながら天に掲げ、右手は腰にあてて、体全体がちょっと斜め向き、という格好で現れてきた。腰依にスリットが入っていることもあり、ちょっとセクシーさをアピールしたいというような。


「何よ、そのポーズは」


 アスミが、ジョーに対してと全く同じように語りかける。少し、ジト目になりながら。


「あ、あれぇ。何か冷めたい視線っ。出現の意気込みを表現してみた感じですよっ」


 ジョーはフゥと息を吐き、平静を装いながら、腕を組み、自分と何か縁があるという、このどこかの女子アイドル的なポーズを取っている陸奥という少女をしげしげと見つめた。そして思った。


 自分でやる分にはノってるから何とも思わなかったけど、他人がこういうことやってるのを見ると、ちょっと恥ずかしいな、と。

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