19話目
「セリア、少しいいか? 話があるんだ」
授業を終えたセリアは、今から行きますとリジーへメッセージを送信しかけたところで、ジョージに話しかけられた。探しに行こうと思っていた相手が、どうやら自分を探してくれていたようである。
「人目に付かないところがいい。移動しても良いか」
「ええ」
人気のない講義室に入るなり、ジョージはごめんと頭を下げた。
「――ディックが頷いたらオレも協力する。あいつ、仲間思いなんだ。だからあんなことを言った。本気で対抗戦を蹴ったわけじゃない」
「はい、わかってます」
セリアが穏やかに笑えば、ジョージにもう一度ごめんと言われてしまった。
「ディックが出ないって言えば、参加したいのにできない奴もいるんだ。あのとき、出て行ったみんなが反対したわけじゃない」
Aクラスの皆は、誰もが仲間思いだ。その方向性は違っても、チームプレイを既に始めている。これが同じ方向になるように働きかけるのが、トップのセリアの役目だ。
ゼロスタートではない。とてもやりやすいはずだ。未熟でも、できることはあるはずだ。
「少しだけ待っていてください。ディックと、きちんと話します。それからもう一度、わたしと話してください」
「そのときは俺からもう一度頭を下げさせてくれ。……任せきって、ごめん」
ジョージは人目に付かないところがいいと、セリアとこの部屋に来た。その人目とは、ディックのことだろう。
いつも積極的に人と関わっているディックの人望が、これだけでもわかる。自分もそうならなければならない。いつかではなく、今すぐにでも。
「わたしはもう少し時間を潰してから行きますね」
こそこそセリアと会っていたことを知られたくないというジョージに配慮して、セリアは先回りして退出を促す。
申し訳なさそうに礼を言うジョージに手を振って、よしとセリアは意気ごんだ。
ディックを後回しにしていたけれど、間違っていたのかもしれない。次こそはディックだと決めた。
――セリアは、ジョージと話しているところを人目につかないように配慮した。
だがこのカレッジは、防犯のために至る所にカメラが設置されている。だからこそ、ろくでもないことが趣味の少年にとっては、人目のつかないところなどないという環境でもあったのだ。
「――だって。聞いてた?」
学内カメラを覗き見したケイは、ディックに同意を求めた。
けれどディックは、うるせぇと一蹴する。
「それ映像解析で口の動き拾って、機械音声で出し直した声だろ! 精度はどうなってんだよ!」
「九割越え。スラングは拾うの難しいんだ、お上品なソフトだから」
「オレに対しての当てつけかァ!? つかオレの部屋へ勝手に入ってくるんじゃねーよ! オレ達、ケンカしてんだろうが!」
「してないよ。ちょっと僕がコーヒーぶっかけただけで、そんなに怒らなくても」
「それをケンカって言うんだよ! しかもお前、オレを怒らせる気満々でやっただろうが!」
ディックは寝っ転がっていたベッドから身を起こし、自分のモニターを我が物顔で占領するケイに怒鳴りつける。
けれど効果は全くなく、ケイは食えない笑みを浮かべながら、嫌味ったらしく肩をすくめた。
「大方、嫌だと言い出せない奴のために先陣を切って言ってやったつもりなんだろうけどね。もう少し、自分ってものを自覚しなよ、ディック・デイル。君がノーと言えばノーと言わざるを得ない奴もいるんだ、うちのエースなんだから」
ディックはケイの言葉にぐっと言葉を詰まらせ、結局はうるせぇ! と返すことしかできなかった。
「実行委員の君が、トップに逆らうって意味がわかる? セリアが君のフォローに走り回って、それを見たみんなが、セリアの価値を下げていくんだ。『ああ、こいつ統率力も人望もないんだな』って」
だからさいってーなんだよ、とケイは笑いながら言う。
「……なんでそんなにセリアを庇うんだよ」
「セリアっていうか、月面カレッジの
君もそうだろう? と同意を求められ、ディックは再び言葉に詰まった。
イエスもノーも、今は言えない。
ケイにはケイの信念があるように、自分にだって自分なりの信念というものがある。
「わぁかったよ!
結局、返せたのはこれだけだった。でもケイは満足したようで、モニターを切る。
「それ全校生徒の前でやってほしいなあ」
はははとケイは笑って、じゃあねと席を立つ。
このとき、ケイは本気で言ったわけではないが、ディックはこれを本気にしてしまっていた。
セリアはメディア部のリジーにPR映像を頼んだ。仕上がったのは三日後だ。最高傑作とリジーは胸を張り、昼から流す手配してくれた。これで学校中のガラスに、リジー作の派手な対抗戦の宣伝が流れるはずだ。
「PR映像の配信、もうすぐ?」
「ですね、十二時半からですから」
ケイと相談をかねた昼食をとっていたセリアは、端末の時間を見て頷いた。
一つひとつ、やらなければならないことをクリアしていっている。
(今日の大勝負は、放課後のディックとの話し合いです……!)
こればかりは、すぐにクリアとはいかないかもしれない。でも第一歩ぐらいは、と拳を握る。
その横で、ケイはのんびりとフォークでラザニアをつつく。ディックとケンカ中ではあるが、ディックとは対照的に、全く態度に出ずいつも通りだった。
「セリアはもう見た?」
「いえ、ムーブスキャンしてあとはリジーにお任せしました。ナレーションのチェックは入れましたよ、流石に」
ムーブスキャンとは、セリアの身体を全て数値に置き換える機械のことだ。
身長、腕の長さ、髪の長さ、顔のパーツの配置――全てをデータ化し、セリアと寸分変わらぬCGを作る。そしてあとはそのCGを動かし、背景と合成して映像を完成させる。
旧世代のころは、どうしてもいわゆる特有のぬるっとしたCG臭さが残り余り好まれなかったが、技術が進歩した今は産毛まで再現でき、本物との違いが全くわからなくなっていた。
短いPR映像のため、セリア達を直接撮影して終わりでもよかったのだが、派手にという希望を叶えるためには背景との合成やトリミングが必要となる。手間を考えるとムーブスキャンが手っとり早いとリジーが言ったので、セリアは今回限りの利用でという条件をつけて了承した。
「あ、始まるかな」
流れていたニューステロップが消え、ぱっと明るい色に切り替わる。
――そう、なぜか海。砂浜。そして青い空。
今から南国旅行の宣伝でも行われるのかというぐらい、気持ちのいい景色だ。
「……嫌な予感」
ケイがぼそりと呟いた瞬間、セリアがアップで映る。
『この度、星群カレッジとの対抗戦が開催されることが決定しました! 実行委員長はこのわたし、セリア・カッリネンです!』
オレンジ色の派手な水着……ワンピースタイプで、首の後ろにリボンがついている可愛いデザインは、セリアによく似合っていた。
CGのセリアは、忠実に再現されたささやかな胸の谷間を強調するように、前屈みの姿勢で濡れた髪をかき上げる。胸の膨らみにそって伝う水が、妙に艶めかしい。
食堂が、一気に静まりかえった。
ケイもセリアも口を開けたまま、呆然とモニターを見つめる。
『実行委員会は、対抗戦イベントに協力してくれるサポーターと、一口5$の寄付金を募集しています!』
くるんとセリアが回れば、衣装が替わった。
今度はレースクイーンのような、とんでもない短さのスカート姿になり、傘を肩にけ、ななめめ下からの際どい角度に向かって、ウィンクをする。
『今ならサポーター特典あり! 応援よろしくお願いします!』
ばさりと傘を回して再び場面と衣装が変わる。ラストは宇宙空間に制服で漂うセリアだ。けれどスカートが今より短くなっており、宇宙空間のくせにふわりとなびいて、見えないとわかっていてもモニターをななめから見たくなる。
『PR映像のロングバージョンは、メディア部発行の新聞の定期購読特典となっております。毎回、対抗戦の特集を組みますので、こちらも是非チェックしてください!』
最後にCGのセリアが、指でバン! と撃つ真似をし、PR映像は終わった。
――すごかった、今のすごかった。
ケイは声に出さずに、そう思う。なんかもう、とんでもなくわかりやすく攻めてきた。旧時代から、男が求めるものは変わらない。
ケイはそーっと隣のセリアを伺う。すると、ぶるぶる震えていたセリアは立ち上がり、絶叫した。
「いっいゃやあああああああぁぁあ! なんですかぁこれえええええええええ!」
赤面も赤面。両手で顔を覆い、外を歩けませんんんんんと今度は机に突っ伏す。
気持ちはわかるけれど、所詮は他人事なので、ケイは表情筋を必死に引き締めた。
「――これはどうフォローしたらいいのかな?」
セリアの反応に『ロングバージョンも見るよ!』と言うべきか、『もうちょっと露出を控えよう、ツァーリが怖いから』と言うべきか迷う。
いや、もしかしたらツァーリも喜んでいるかもしれない。むっつりだからきっと顔には出さないだろうけど。
食堂は一気にうるさくなり、特に男はきょろきょろと人の眼を気にしながら端末を操作していた。きっとメディア部の新聞の定期購読に申しこみをするのだろう。気持ちはわかる、とケイは頷いた。なぜなら、ケイも男なので。
もしかしたらロングバージョンには、月面カレッジの男にとって夢の『女性の下着がちら見えするかもしれないラッキースケベ』がついに、と期待してしまうのは仕方のないことだ。いつもスパッツばかりでは、たしかに潤いが足りない。
「えーっと、触れない方がいいかな。……うん、セリア、たしかこれって、副委員長のツァーリバージョンも作るんじゃなかったっけ?」
「あぅあぅ……ううぅう」
頭を抱えて半べそのセリアは、ケイの言葉が届かない。
しばらくそっとしておこうとケイが笑いを堪えながらラザニアをつつこうとしたとき、大きな足音が聞こえた。
おや、と顔を上げると、勢いよく駆けこんできた人間がいる。
――ディックだ。怖い顔をして、一直線にこちらに向かっていた。
「おい! セリア!」
大きな声で呼ばれ、セリアは反射で顔を上げる。
すぐ近くに、泣く子も黙るような恐ろしい顔のディックがいる。そしてディックは手を伸ばして、セリアの襟首を掴んだ。
「お前、チームプレイっつっても捨て身すぎんだろ、あァ!?」
「ひぃいいい違います違うんですぅうう! わっ、わたしナレーションのチェックしかしてなくてぇえええええ!」
セリアは必死にディックへこれは自分がやったことではないと説明した。
ケイもメディア部が暴走したんだよ、とセリアの言いたいことを補ってやる。
「ああ、くっそ! わかったよ! プリーズ! オレも参加させてください! これでいいんだろ!?」
「あぅう……ぅえ? ……ええぇえ!? ど、どうしたんですか急に!?」
「うるせぇ! PRによろめいたとでも思っとけ! トップに逆らった罰金代わりに、5〇$つっこんどく! あとはサポーター登録をしとけばいいんだよな!?」
ディックは勢いよくセリアから手を離す。セリアが反動で椅子の上であわあわしている間に、ケイは端末を取りだしてどうぞと見せた。
「はいはい、こちらの画面にタッチして、学籍番号をどうぞ。どうせなら五〇〇$いっとこうよ」
「オレを破産させる気か、お前。……入力したぞ、これでいいんだろ?」
「そうだよね、ここまで捨て身でやってくれてるんだから、自分の面子や格好つけなんかどうでもよくなるよね~」
体勢を立て直したセリアは、どうなっているんだと眼を円くした。理解しきれないまま、話だけが進んでいく。
ケイとディックは、ケンカしていたはずなのに、いつものテンポに戻っていた。いや、その前に、どうしてディックは再び協力してくれる気になったのだろうか。まだ一度も仕切り直しの話し合いは開かれていないのに。
「おいセリア、あとは誰が残ってるんだ?」
「え? 誰って……誰ですか?」
「反対した奴への説得だよ! 協力するっつってんだろ!」
ディックの追加説明に、セリアはやっと『
よくわからないが、とにかく言われたことをしなければと今の状況を教える。
「はい! えーっとですね、ディックの返事待ちを除いたら、残り一人になってます。十二期生だったので、ヘルマンに説得をお願いしてあって……」
「わかったよ、オレが行く」
「いえ、わたしが改めて……」
「いいから! トップは動くな! オレ達が動いて話つけて、お前の前に連れてくるから、それから話し合え」
それだけ言うと、ディックはあとでなとセリアに背を向ける。
未だに事態を呑みこめていないセリアは、ぽかんとした顔でそれを見送った。
「……どういうことなのでしょうか」
あれだけ反対していたディックが、今日になって突然方針を変えた。
嬉しいのだが、理由がさっぱりわからず、実感が湧かない。
「ディックなりのケジメでしょ。素直に喜べばいいと思うよ」
「そう……なんですか?」
「男ってのは面倒なんだよ。きっかけが必要なんだよねぇ」
しみじみ言うケイは、ケイ自身にも言い聞かせているような気がした。
セリアはついうっかり、深く考えずに踏みこんでしまう。
「ケイもですか?」
言ってから、あっと冷や汗をかいた。訊かれたくないことぐらい、誰にでもある。
でもケイは、明るく笑ってそうだと頷いてくれた。
「駄目だよねぇ、未だに親にごめんが言えないんだ」
「……わたし、もっと酷いですよ。未だにお休みに家に帰ります、が言えない駄目娘ですから」
ね、とセリアは笑いかける。するとケイは同類いて助かるよ、と照れくさそうに言った。
「じゃあ打ち合わせの続きだけど……」
PR映像とディックのことで中断してしまった会議を再開するために、二人は意識を切り替える。だが再びぱっと明るくなった擬似ガラスモニターに、セリアがひぃ! と悲鳴を上げた。またあれを流されるなら場所を変えたいと思ったのだが、今度はセリアではなく、ツァーリが映る。
『星群カレッジとの対抗戦が開催されることになった。副実行委員長のエーヴェルト・ラルセンだ』
ナレーションは、セリアと同じく、普通だ。ナレーションだけは。こちらもやはり水着である。男の水着を見て、セリアはきゃっと悲鳴を上げて頬を赤くした。
『当実行委員会は、協力してくれるサポーターと一口5$の寄付金を募集している。今ならサポーター特典あり、応援をよろしく頼む』
そして煌びやかな、どこの中世ロシア帝国
『ロングバージョンは、メディア部新聞の定期購読特典となっている。毎回対抗戦の特集を組むので、物好きな奴は購読しろ』
最後は制服姿でウィンク、そしてキラリと光る白い歯。
画面には初めて見るツァーリのいい笑顔と、メディア部の新聞のお知らせが一番大きく、そしてささやかにサポーター募集や寄付金のお知らせが乗っている。
再び、食堂の誰もがPR映像に釘付けになっていた。そして終わっても、まだ眼を見開いて固まったままでいる。
「……っあーっはっはっはっは! なにこれあははは!!」
ばんばんと机を叩き、笑いながら腹を抱えるケイがきっかけとなり、食堂は一気に黄色い悲鳴と笑い声で賑やかになった。
すごかったとケイは呼吸が苦しくなる。
セリアのバージョンもなかなかだったが、男なので普通に楽しめる部分もあった。でもツァーリは違う。全てがお笑い要素にしかならない。
「あはははは! 駄目だ、もう、ツァーリの顔を普通に見れないっ!!」
ケイは笑いすぎて、涙目になる。呼吸を落ちつかせようとしてみるが、すぐに諦めた。今は余計なことをしたら、咳きこんでしまいそうだ。
存分に笑い、発作が落ち着いてから、やっと隣のセリアのことを思い出した。
笑い死んでいないかな、と心配したのだが、セリアは端末を手に持っておろおろしている。
「ケイ…どうしましょう、わたし、もうメディア部の新聞は定期購読してるので……もう一個、別アカウントでとればいいんでしょうか……」
一度退会したらいいという簡単なことに、セリアは気づけていない。
ケイはちょっと待ってと少し頭が冷静になる。
「え? なにその反応。まさかツァーリのロングバージョンを見たいの? 間違いなく腹がよじれて死ぬよ?」
「このツァーリ格好いいです! 永久保存版ですっ!」
端末を握りしめて、きゃー! と興奮するセリアに、ケイは本気? と驚く。
よくよく見てみれば、食堂にいる女生徒はみんなきゃあきゃあ言いながら端末を見ているではないか。
「……性別の違いを感じる」
あれだけ面白かった映像を、女性はときめきの映像に思えたらしい。
あとでディックとロングバージョン見よう、とケイは決める。一緒に死んでくれる友はとても貴重なのだと、改めて友情に感謝した。
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