18話目
十二期生は任せろとヘルマンに言われていたので、セリアは同期である十三期生の説得を開始した。罵倒されるのは当然、最悪殴られるかもしれない覚悟も決め、話があると言ってマルチェロを捕まえた。
昨日のことですが……と切り出せば、マルチェロはわかっているというように頷く。そして口にしたのは、意外な言葉だった。
「……お前には、本当に悪いと思ってる」
セリアはなぜ謝られるのかを理解できず、首を傾げてしまう。
マルチェロは重たいため息をついて、格好悪いと己自身へ呟いた。
「オレは第二グループで、いざとなったら第一の奴とチェンジして残れるかもしれない……。だから、あの作戦でもいいって思った。けどな、負けろって言われたことの奴を思うと、あの場に残ることができなかった。仲間を見捨てんのかって周りに思われるのが嫌で、お前を非難する側に回っちまったんだよ……くそ!」
ディックのように、絶対に反対と硬い意思を持っている者だけではない。マルチェロのように未だに葛藤を続けている者もいる。
セリアの中で、驚きの気泡がはじけた。
一対一で話すと言うことは、こういうことなのだ。みんな同じように部屋を出ていってしまっても、考えていることはまったく違う。
話して、理解をしようとして、だからこそ出てくる言葉や結論がある。
「あの、では個人的には作戦に賛同してくれると、そういうことですか?」
「そうだ。格好悪りぃな……オレ」
頭をぐしゃぐしゃとかき回すマルチェロに、セリアはそんなことないですと微笑んだ。
なら話は簡単だ。あとは自分のがんばり次第なのだから。
「わたし、必ず皆を説得します。それが終わったら賛同してもらえますか?」
これなら裏切り者と言われなくてすむ。少しだけ待っていてくれと、セリアは熱意のこもった瞳でマルチェロを見上げる。
「――いや、いい。今、賛同する」
けれどマルチェロは、わかったとは真逆の返事をした。
「無理はしなくていいです。仲間を思うのも大切です」
「お前に説得を任せて、自分一人だけ非難されない立場にいるのが仲間なのか? オレは……お前のことだって仲間だと思ってるんだ」
思ってもみない言葉に、セリアは声を詰まらせる。
マルチェロとは普段、殆ど話をしない。繋がりはと問われると、『同期』ぐらいしか出てこない。なのに、仲間と言ってくれた。どう返事をしたらいいのかわからず、かぁっと頬が熱くなる。
嬉しい、認めてくれている。実行委員長としてはまだ認められていないけれど、同期として、同じAクラスの仲間として、そこだけは認められていた。
「あ、ぇ、わ、わたしも仲間って思って、ます……!」
「照れるな! オレが恥ずかしい!」
そういえば美少女だった、とマルチェロは今更セリアに対して思った。
ツァーリの傍にいるのはある意味虫よけになっていいのかもなという感想を抱いたマルチェロは、実はかなり良い線いっていたのである。
セリアが二人目のザハールを捕まえたのは、最後の授業の少し前だ。
正直に腹を割って話す。それを条件として、セリアは話し合いの時間をもらえた。
「どうしてオレが第三グループになったんだ?」
「Aクラスの中で、正確な射撃を得意としているからです。そして視野が広い。第三グループはフレンドリーファイアの危険性が少なくなることを重視して人選しました」
「……オレがAランクの中で遅い、そう言いたいんじゃないのか本当は」
「違います。ディックだけはたしかにAランクの中で頭一つ分抜き出ています。ですが他は大差ないとわたしは思っています」
なら、とザハードは吐き捨てた。
「お前が負けろよ! お前だってオレぐらいの射撃精度を保てるだろうが!」
セリアが第一グループで、ザハードが第三グループ。
ディックに次ぐ実力のセリアが、第一グループになったのはザハードも当然だとわかっている。でも、感情が納得しない。みんな横並びなら、自分が第一グループになって誰よりも速くゴールしたい。それのなにが悪いのか。
「わたしには別の役割があります」
セリアは端末に自分へ科せられたある役割を呼び出す。どうぞと手渡して、ザハールにも見てもらった。
「ツァーリが立てたこの作戦、貴方にできますか? できるなら代わります」
どんなことをしなければならないのか。自分だってAクラスだ……とザハールは端末に呼び出された作戦を読む。だが、セリアの『役割』を理解した瞬間、叩き付けるように返すしかなかった。
「……こんなのできるわけがない。これをできるのはお前か、ツァーリぐらいだ」
「いえ、今の私にも、ツァーリにもできません」
セリアは苦笑して、切り札は用意すべきです、と言いながらすぐに表情を切り替えた。
「でも本番までには絶対にものにしてみせます」
できると言うなら、本当にできるの力を
ザハールは胸が痛くなった。本番までにできると言える力が、今の自分にはまだない。
それでも、はい負けてもいいですとは言えなかった。だれだって、勝利がほしい。それを諦めるのなら、代わりに得られるなにかが……せめて、少しでもほしい。
「ザハール、あとでストームブルーに乗りませんか?」
「ストームブルー……?」
次の授業まで、あと少し。セリアは今からと言いたかったが、それでは講義を欠席してしまうことになる。
対抗戦イベントも大事だが、日常の勉強も大事だ。
「わたしは、わたしなりに言葉を尽くしたつもりです。ザハールもそうです。でも多分、わたしたちは言葉だけでは足りないと思うんです。だから、一緒に宇宙に出ましょう。そうしないとわからないことも、あるかもしれません」
「放課後、ドッグで待っています」
ザハールが来てくれることだけは確信できる。あとは、自分次第だ。
『Welcome to STORMBLUE』
ザハールは手のひらをモニターにつけて、ストームブルーに命を吹き込む。コクピット内が次々に点灯し、僅かな振動を始めた。
そしていつもの決まった手順で、発進準備を整える。
一度だって違う順番にしたり、手の動かし方を変えたりしたことはない。ストームブルーでの航海の無事を祈る願かけのような、そんな気持ちでグリーンランプが全てつくのを見守る。
『ザハール、準備はできましたか?』
「ああ」
『では、少し古くて単純なゲームですが、この宇宙を泳ぎましょう』
セリアから障害物走をやろうと言われるつもりでいたのに、謎のゲームを送信してくる。
どういうものなのかを知るために、チュートリアルをざっと読んでみると……セリアの言う通り、単純すぎるゲームだった。
「ボール避けゲーム……?」
『公平を期すために、隕石群突破シミュレーションの練習は、星群カレッジと同時に開始する予定です。だからその間は、似たようなゲームで練習しておこうと思って……。今のうちに感覚だけでも掴めたら、と』
このゲームは、前方から飛んでくるカラーボールを避けて、ゴールするという簡単なルールだ。
セリアが単純なものというからには、ある程度動きが読めてしまうものになっているのだろう。なら障害物走より難易度がかなり下がるはずだ。
でも、この発想が、そもそも自分にはなかった。
(……そうか、だからセリアは
スタート地点から、心構えから
セリアはいつだって一歩早くスタートを切る。気がついたらどんどん前に進んで、置いていかれそうになる。
だから追いつきたい、追い越したいと必死にストームブルーを飛ばしていた。
『今から、わたしはボールを避けて飛びます。ザハールはその軌跡をトレースして飛んでください。貴方ならきっと、わたしの言いたいことがわかるはずです』
お前に俺のなにがわかるんだよとザハールは言いたかった。
でも、自分も
いつもそうなのに、今さら飛べばわかるはずなんて、そんな馬鹿なことあるはずがない。
(それでも……)
なにか見えるのだとしたら、見たかった。
『スリー、ツー、ワン……スタート!』
セリアのカウントに合わせて、ザハールもシミュレーターではあるがストームブルーを発進させる。
セリアに要求された、誰かの飛んだ軌跡を忠実になぞる『トレース』という飛び方は、Aクラスであれば初見でも難しいものではない。寧ろ、常に一瞬の自己判断を要求される1to1ばかりしているAクラスのザハールにとっては、相手の判断に任せてしまっているトレースは、とても楽な飛び方だった。
「いつもより……よく見えるな」
視界に余裕ができている。色々なカラーボールが飛んでいくのを、面白いと感じるほどに。
(赤、黄、青、青……緑、赤……)
自分で避けろといわれたら、避けたボールの色を認識するところまではいかない。こんなことができるのは、セリアのあとについているからだ。
(……本当に、泳ぐみたいに飛ばすんだな、このストームブルーを)
セリアはよくストームブルーで『泳ぐ』という。『飛ぶ』という感覚のザハールは、トレースをすることでセリアの『泳ぐ』という感覚を味わうことができた。
ここからならセリアもその先も、よく見え、よくわかる。
(今の、なんで減速せずにボールを避けきれたんだ? トレースしててもわからなかった……)
セリアのうしろについて、泳ぐようにボールを避ける。
――ああ、勿体無い。このゲームにビームがあれば、あの青いボールを落として次の回避を兼ねて最短ルートをとれたのに。
――そこは二人で協力したら、二連射でどうにかできたかもしれないのに。
余裕があるから、視野がいつもより広くなる。
どうしたらいいのか、よかったのか、色々なことが簡単にわかる。
(……ああ、そうか、だからか。セリアが俺を後方支援に回したかったのは)
セリアの泳ぎは独特だ。いや、セリアだけではない。エースのディックも個性が強い。
この動きについていけて、それでも彼女達よりももっと遠くまで見通せるAクラスの
「俺ぐらいだろ。……せめて、そう言わせろよ」
セリアのこの泳ぎを、自分ならもっと自由にさせてやることができる。
このタイミングで、ビームを放ってボールを落とせば、セリアは減速回転しなくてもいいのだ。ゆるりと柔らかな放物線で、次のミサイルを避けることに集中できる。
ああ、そうだ、さっきのは左から飛んでくるボールが邪魔だった。セリアなら避けれるけれど、タイムロスになる。
ここは自分が右の赤ボールに、セリアが左前方の紫ボールにビームを撃って、二人で同時に飛び出して――……。
――俺には見える。セリアの最高の泳ぎが。
自分も、セリアも、一人で勝利を目指したら見えない光景が、二人で協力しあえたら見える。
セリアに手を貸せば、セリア一人では出せないタイムを目指すことができる。自分達なら届く。
――Aクラスの中で、正確な射撃を得意としているからです。そして視野が広い。
よく見てたなとザハールは泣きたくなった。
視野が広いのは、セリアの方だ。
一緒に泳いでほしいというセリアの気持ちが、彼女が見ていた宇宙という海が、自分にも見えた気がした。
ゴールまで、たったの十五分。
セリアはボールを避けきって、無事にゲームをクリアする。
昨晩から練習したおかげで、そこそこの泳ぎはできた。でも課題は沢山だ。楽しみすぎて、最短コースをとれていない。対抗戦で、この悪癖をだしたら負ける。
チームプレイに徹しなければという簡単な反省会を終え、深呼吸をして、モニターの向こうのザハールに声をかけた。
「ザハール、どうでしたか?」
返事はない。駄目だったのかもしれないとセリアは唇を噛む。
言葉を尽くした。重力下でも、無重力下でも。
見たいと思った光景を、一緒に見てほしいと手を伸ばした。でも届かなかったのかもしれない。
(……いいえ、諦めません。なにをしたらいいのか、もう一度考えましょう)
それに、待つことも必要だとヘルマンからも言われている。
時が解決することもたしかにある。
また泳いでほしいと頼んで、今日は終わりにしよう。そうセリアは言い出そうとしたのだが、ザハールがぽつりと呟いた。
『おい、対抗戦はチームプレイなんだよな』
「はい」
『俺個人の勝敗がつくんじゃなくて、学校での勝敗がつくんだよな』
「そうです」
授業でやる障害物走も、1to1も、個人の成績になる。
けれど、今回の対抗戦は違う。
『――そうか。……チームプレイで……十六人で勝ったら、俺も喜べる、か?』
ザハールの質問に、セリアは正直に答えた。
「それはやってみないと、わたしもわかりません。わたしもチームプレイは初めてですから」
でもきっと、個人で勝つのとは違う喜びがあるとセリアは思っている。
どんな勝利の味なのか、今から楽しみだ。
「あ! そうです、そうでした、十六人じゃないです」
『え? Aクラスはたしか十六人で……』
「もっとです。専属で付いてくれる
そんな重みを背負うのは初めてだ。セリアだけでなく、今回、
『今、全部で何人ぐらいなんだ?』
「……ぇえっと……そのぅ、聞かない方が、幸せかもしれません……す、少ないので……」
エンジニアやオペレーターさえも揃っていない現状を思い出し、セリアはがっくりと肩を落とす。
『なら知り合いに声をかけとく。……俺、試合に出るから協力しろって、な』
「……出てくれるんですか!?」
『対抗戦はチームプレイだ。卒業後の練習と思って、出るさ』
一瞬頭が真っ白になった。けれどすぐに我に返り、ぶわっと鳥肌が立ったのを自覚する。
共に泳ぐと、ザハールが言ってくれた。また一人、仲間が増えたのだ。
彼の心になにが響いたのか、今のセリアにはまだわからない。でも、この呼びかけがザハールに届いた。嬉しくて、声が弾む。
「ありがとうございます! 助かります!」
ザハールは礼を言うようなことじゃない、とぶっきらぼうに言い放つ。
セリアはそれでももう一度礼を述べて、ようやくシミュレーターから降りた。
1/6の重力下で、軽やかにスイムウォークをしてザハールの前に立つ。顔を見て、会話をしたかった。
「――セリア、一つだけ頼みがある。あのな、ディックのこと悪く思わないでくれ。アイツは俺達のために怒ってくれたんだと思う。だから……」
あのとき、ディックが真っ先に怒りを露わにしてくれて、救われた者がいる。
そんなザハールの思いを、セリアは受けとめた。勿論ですとしっかり頷く。
「わかっています、大丈夫。ディックともきちんと話し合います」
「頼む。……じゃあ、また明日な。俺はこれからシューティングゲームをライブラリーで借りて、対抗戦に備えて少しでも練習しておくから」
「ええ、また明日」
セリアはザハールの背中を見送り、ほうと息を吐いた。
よかった、と胸が熱くなる。頼もしい味方が、できたのだ。
残りは、十三期生の中ではあと二人。一人はディック、一人はジョージだ。でも今日はメディア部長であるリジーから、完成したPR動画のナレーションを確認してほしいという用件が入っていたから、まずはそこから。
「さぁ、走らなければいけませんね」
魚のような滑らかで鋭いスイムウォークで、ザハールを追いかける。
その姿を見かけた者達は、おっと視線を奪われていった。
「コギト・エルゴ・スムだ―――足が速いなあ」
「明らかに足の長さの違うツァーリに、いつもくっついてるもんな。ピッチ走法だよ、ピッチ走法」
――
これが今までの月面カレッジの日常風景だった。けれどこれからは『意外に足が速く走り回っている』姿が、日常風景となっていく。
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