15話目
セリアの宣言はとんでもない視聴数を稼いだ。ありとあらゆるメディアで、星群カレッジへ宣言した場面が繰り返し流れ、
セリアとツァーリが月面カレッジに戻ってくる頃には、月面カレッジの生徒は誰もがこの状況を知っていて、歓迎ではなく戸惑いを見せた。
「……はぁ、ちょっとやりすぎちゃいました……」
帰るなり学長と理事長に呼び出され、セリアは事情説明と謝罪に回った。
けれど、あんな宣言をした以上、今更やめますは負け犬ですと自己紹介するようなものだ。上から必ず勝つように、と最後には許可が出てくれて、ようやくセリアは解放された。
「ちょっと、なわけないだろう、すごくだ。言葉は正しく使え」
がつりと大きな手で脳天を掴まれたセリアは、このあとの展開がわかり、悲鳴を上げる。
「はぅっ! いや、だってユーファが……」
「そこでどうしてユーファが出るんだ」
「だ、だってユーファは格下じゃないんです……ライバルなので……あのぅ~」
ツァーリは、相変わらず自分の感覚で話すセリアにため息をつき、もういいと話を打ち切った。どういう思考であんなことをしたのか、おおよその理解はこれだけでも十分できる。
「いたいた! 説教は終わった? 中継見てたよ、おもしろかった! ツァーリがツァーリなのに、セリアの従者みたいで笑っちゃったよ」
事実、笑ったのだろう。とてもいい笑顔のケイが、セリア達を呼びとめる。
「僕のクラブハウスに行かない? 今後の作戦会議でもどう?」
「あ、はい! ツァーリも一緒に来てください!」
セリアはツァーリの手を握り、逃げないようにとそのまま歩き出す。
ツァーリは温かく小さな細い指の感触がどうしても振り払えず、渋々ケイの部室へと行くこととなった。
「コースの設定はどうすんだ? あらかじめ決めておくのか? 当日公開か? ストームブルーの数値ってBランに合わせて下げるのか? Aランのまま?」
先にケイの部室で待っていたディックは、待ちきれないと言わんばかりにセリア達が入ってきてすぐ質問攻めを始めた。
やる気満々の姿を見て、ディックは参加してくれそうだとセリアはほっとする。
「そのあたりはきちんと星群側とルールの相談をしてきます。久しぶりに
「……ふーん、障害物のかけっこか。ね、セリア、これって企業も介入していいの?」
「企業……ってどういう意味でしょうか?」
「スポンサー的な?」
「それは星群側が決めることだと……あちらは私立カレッジですから、結構緩いと思いますけど」
なぜ尋ねた側のケイが疑問符をつけるのか、セリアにはよくわからなかったが、国連が作った月面カレッジよりは企業関係の利権に柔軟な対応ができるだろう。こちらは、国絡みで色々ややこしい。
「どうせなら『隕石ゲーム』はいかが?」
椅子に座ったケイは、ラックからパッケージを取り出す。それは何世代も前の旧型ディスクで、デザインの写真も随分と古くさいCGだ。
「なんだァ、これは」
「至ってシンプルなゲームだよ。前方から飛んでくる隕石を避けてゴールをするだけ。かなり前に避けゲーが流行ったときのもの」
ケイがモニターにゲーム画面を出し、実際に見せてくれる。2Dゲームというとんでもない古臭さで、内容も本当に隕石を避けるだけだ。
「さて、照明オフ。ちょっと宇宙に行こうか」
ケイが言うなり、部屋が暗くなる。部屋の床と壁、そして天井に取り付けてある全面モニターに3D映像を映し出し、擬似宇宙空間を作り出す。
星々が煌めく宇宙空間に突然放り出されたケイ以外の三人は、あったはずの壁を呆然と眺めた。
「……たかが部室にこの設備? 退学に相当する行為はしていないだろうな?」
ツァーリの疑問に、ケイはご心配なくと肩をすくめる。
「これは自費。普段はろくでもないことに使ってるだけだよ。はい注目~僕の右手方向にどうぞ」
皆の意識を集めたケイは右手を伸ばす。すると突然小隕石群がセリア達に向かい飛びこんできた。本物と間違えるほどの迫力に、セリアはひぇっと声を出し、ツァーリは思わず一歩うしろに下がり、ディックはわっと言いながら映像の隕石を避ける。
次々に飛びこんでくる隕石は、モニターで映し出したものとわかっていても落ち着かない。三人とも左右に散って、流れていく流星群を眺めた。
「いい迫力だよね、これを出すには苦労した。ストームブルーとのビームの互換性にも四苦八苦をまだ続けているよ。あと現実の宇宙空間での投影と、外部からの見え方とかも、課題はたくさん」
「え!? これってケイが作ったんですか?」
「まさか、こんな大がかりなものは一人では無理無理。ジャパンの企業が作ったんだよ。僕はその監修とテストに参加したんだ。本物のカレッジ生は貴重だから」
飛んでくる隕石の迫力、スピード、動き、その他諸々、たしかにこれは手がこみすぎている。いくらケイが天才でも、簡単に作れるものではない。
まるで本物の
「……まさか、本物ですか? 宇宙資源開発機関に、
「正解、簡易プレゼンはもうすんでる。でね、こちらにとっても月面カレッジの
おおおおおと隕石の迫力にディックが眼を輝かせているのを見たケイは、ほらとセリアとツァーリに目配せする。
「泳ぎたいだろ、君も、ツァーリも。とってもシンプルで簡単なゲーム。避けて、一番にゴールする、
元は『小隕石群を突破』を想定したシミュレーション訓練だ。ただのシミュレーションと違うのは、実際に宇宙空間に出て、実際にストームブルーを操作して訓練を行うことができるところである。ストームブルーと基地のモニターの両方にデータを送り、本当に隕石が飛んできているように見せかけることができる。
「素敵です……交渉はお任せしてもいいですか?」
「喜んで。モニターやってたかいがあったよ」
これは企業の宣伝になる。メッセージを送れば、すぐに折り返しのリアル通信が来るだろうとケイは笑った。いや、もしかすると企業スペースから現地スタッフが連絡通路を使ってすっとんでくるのではなかろうか。
「なら早く動かないとね。こっちの体制も整えないと」
ケイがモニターを切り、通常照明に戻す。広がっていた宇宙空間が消えて、ただの部屋になった。
「早くやりてぇな、久しぶりに
「これはむしろSランクじゃないでしょうか。下手すれば1to1より難しいと思います」
セリアは頭の中で隕石軍の中を泳ぐイメージを作ってみる。
ケイが持ちこんだのは、蓄積ダメージという数字で仮想戦闘となっている1to1と違い、本当にあるかもしれない任務を前提にしたシミュレーション訓練だ。
隕石にぶつかるという視覚からの情報により、そのまま死に直結するイメージを作りやすい。慣れるまではストレスが……いや、このシミュレーションに慣れてはならないのだろう。だからケイの企業はリアルを求めているのだ。
「おい、セリア。なんでこんな面倒な話にしてきたんだ? いや、これは面白そうだから、オレは結果オーライで別にいいけどよ。星群は話題作りにお前とツァーリ、そしてエース様なオレを引っ張り出して、適当にBラン障害物してボロ勝ちしたかっただけなんだろ?」
「はい、向こうの思惑はディックの言う通りだと思います」
星群カレッジはここまで大がかりなイベントにする気はなかっただろう。わかりやすくただのBランクの障害物走をして、トップ通過か合計タイムで勝利校を決める。それだけの話だったはずだ。
「向こうは士気が高い。月面カレッジに絶対勝ちたいという気持ちを、生徒全員が持って戦ってきます。……でも、わたし達は団体戦と言いながらも、実情は個人戦になってしまう」
「基本的にここの生徒って、他人に興味ないもんね」
月面カレッジは宇宙にある唯一の学校だ。普通の学校に通えば頻繁に行われる『他の学校との試合』というものがない。そのため、学校一丸となってなにかに取り組むということがなく、他人との関わりが薄くて当然になる。
団体戦と言いながらも、こちらの生徒は個人戦のつもりで挑むだろう。どちらのカレッジが勝っても、なにも思わないに違いない。個人としての誇りは持っていても、月面カレッジという単位での誇りはない。それが現状だ。
「今回の星群カレッジへの転学の件、月面カレッジに残った人達の中には、『行きたかったのに行けなかった』って後悔している人、いると思います。わたしはそんな風に思ってほしくない。ここに残った自分に、誇りを持ってほしいんです」
オズウェルがなぜ開校記念イベントに月面カレッジとの試合を申しこんできたのか、セリアは本当の意図を読み取っていた。
星群カレッジ側は月面カレッジ側に勝つことによって、星群カレッジの生徒に『君達は決して負け犬じゃない。この選択を後悔する必要はない』と自信と誇りを与えるつもりだ。後悔を抱えている生徒に、胸を張らせるために。
ならば、とセリアも同じことを考えた。転学できずに後悔している月面カレッジの生徒へ、セリアも言いたい。わたし達の選択を後悔する必要はない。戦って勝ち、誇りを手に入れるのだと。
「だからできる限り多くの人を巻きこみたくて……ストームブルーの
セリアの話を黙って聞いていた他の三人の中で、真っ先に食らいついたのはケイだった。
「いいね! 学校単位で動くって! このカレッジができて初めてだと思うな。僕は大賛成、早慶戦みたいな感じで、どうせなら一大イベントにして派手にやりたい」
「ソウケイセンって何ですか?」
「ケンブリッジとオックスフォードみたいな関係の大学が僕の国にあってね。毎年決まった時期に、互いの大学のプライドを賭け、血泥にまみれ相手を罵り合いスポーツマンシップに則りな試合をするんだ。それがソウケイセン」
「ひぇええ!」
なんと恐ろしいことをしているんだろうと、セリアはケイの国を食べものやホシに次いで更なる誤解をした。
「アメリカもスポーツの対抗戦っていったら、チアを出してド派手にやるって相場が決まってるんだ。悪くねぇな」
「ですよね! そういうことに憧れてる人、月面カレッジでも多いと思うんです!」
セリアはディックに強く頷く。月面カレッジには成績に関係のないイベントというものが一切ない。個人を優先するという意味ではとてもいい環境だが、地球の学校なら当たり前のようにやっている『青春』対しての憧れは、誰にだってある。
「ツァーリも! お願いです、協力してください!」
ツァーリはセリアに手をぎゅっと握られ、キラキラとした瞳で見上げられる。暫しの沈黙のあと、ツァーリは落ちた。
「……できる範囲なら」
「本当ですか!? ありがとうございます、助かります!」
やったと大喜びするセリアの影で、ぼそりと呟く声。
「チョロいぜ……」
「チョロいな~……」
オレ達が頼んだら即答でお断りだけどな、とディックは言い、ケイが同意した。そのあとに二人で『
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