16話目

 次の日にミーティングをしよう、そう約束して四人は解散した。

 これはセリアが言い出した対抗戦イベントだったが、意外にもケイが活躍することになる。

「この中で養成学校卒じゃないのって僕ぐらいだからね。学校祭だとかそういうイベントの定番って、みんなわからないと思うからさ」

 では定番事項のリストアップを流します、とケイは皆の端末にデータを転送した。

「……え? ケイって養成学校に行ってないんですか!?」

「うっそ、まじかよ!? どうやってここに入るんだ!?」

 セリアとディックは、転送されたデータよりもさらりと暴露されたケイの経歴に食いつく。ツァーリも珍しく眼を見開き、驚きを表していた。

「僕は普通の公立の小学校と中学校に通っていたよ。国と取り引きして、ここに入れたらまあそれなりのアレコレを約束してくれるって話で来ただけだから」

「すごいことはわかるんですけど、なにをやったのかさっぱりです……!」

「なあ、それ絶ッ対ろくでもねぇ取引だろ! アレコレだろ!」

 セリアとツァーリは、月面カレッジ養成学校の一つであるNES校出身だし、ディックも同じくNAS校出身だ。月面カレッジに入るには、入学試験の対策カリキュラムを用意した養成学校で学ぶのが最も近道である。

「僕のことはさておいて、定番リストを送ったよ」

 そう言われてセリアは慌てて自分の端末を見た。そこにはケイが作ったこういうイベントに必要な、セリア達にはわからない『定番』が乗っている。

「お揃いの、Tシャツ……ですか」

「実行委員の腕章?」

「スローガン……?」

 養成学校に入り、勉強ばかりで『普通』を体験しなかった三人はぽかんとする。

 ケイはいい反応と笑いながら、一番大事なのは広報活動と告げた。

「こういうので盛り上げて行きましょうってこと。でもまず大事なことを決めよう。実行委員長と副委員長」

「たしかに、まずはトップ決めだよな。――ま、AAAトリプルエーならどっちでもいいけど、言い出した方でいいんじゃねーの?」

 セリアは三人分の視線にうぅ~と唸る。これは自分が言い出してやりたいと言ったことだ。では責任者はツァーリに、と押しつけるわけにもいかない。

「わ、わかりました。わたしが実行委員長になります!」

「なら副委員長はツァーリだな」

 協力すると言った手前、嫌というわけにもいかず、ツァーリは仕方なく頷いた。

 ケイもディックも、そしてセリアとツァーリも『AAAトリプルエーだから』という軽い気持ちと理由でトップを決めた。けれどあとからもっと意味があったことを知る。

 AAAトリプルエーであるセリアとツァーリは、このカレッジの誰もが憧れ、嫉妬し、その存在を嫌でも意識される存在だ。その二人がイベントをやろうと率先して動けば、憧れる者がついてくる。そうなれば、どうしようと迷っていた者もついてくる。

 緩やかに人が集まり出してくれることを、まだこのときは意識していなかった。

「ケイ、これって結構お金がかかりますよね?」

「だろうね。普通は学校から予算が降りてくるんだけど……」

「一口いくら、で資金集めをしましょう。学生が出しやすい単位の方がいいですね。それとお金持っている教授達にも重点的にお願いしに行きましょう。最後に収支報告も必ずしなければならないので……経理担当は必要です。他にも協力者がほしい――サポーターの募集も必要ですね」

「はいはい、メモっとく」

「それからケイはメカニックのリーダーを。一番このシミュレーションを理解しているのは貴方ですから」

 了解、とケイは言われたことを端末に入力しておく。もしかしたら途中で『開発者側が参加するのはどうなのか』と言われる可能性もあるが、それまでにやるべきことを済ませておけばいい。

「ディック、船外活動士パイロットのリーダーに。教授とかけ合って、このシミュレーション訓練を授業でもできるようにしておいてください」

「了ー解」

 わかりやすい役割で助かるとディックは頷く。

「ツァーリはオペレーターのリーダーをお願いします」

「……了解」

「あと一カ月しかありませんが、頑張りましょう!」

 おー! という四人分のささやかなかけ声(ただし一名は無言)が響いた。そのうちこのかけ声がもっと大きくなるといいなとセリアが思っていると、ケイとディックはうーんと物足りなさそうにする。

「やっぱりかけ声は『皇帝のクソ野郎ウーブニュードクツァーリ!』の方が気合い入るんじゃない?」

「だよな」

「……おい」

「ああああっ! ケンカは駄目です! 絶対に駄目!」

 実行委員の四人ですらチーム力がまだまだな状態だ。

 今までで一番忙しく、でも一番充実していた一カ月だったと言える日々が、ここから始まった。





「……なんか地味ですねぇ」

「インパクトないねぇ」

 あれから三日経った。寄付金の口座を用意し、一口いくらですと宣伝をしたり、サポーター募集を呼びかけてみたりしたけれど、効果は全くない。擬似ガラスモニターにテロップを流したぐらいでは、個人主義の集合である月面カレッジの生徒の足は立ち止まってくれなかった。

 ケイとセリアはモニターの前でう~んと唸る。

「一応ね、実行委員の腕章を五十個も用意しておいたんだけれど……」

 ケイの呟きに、セリアは驚いた。仕事が早すぎる。

「よくこの三日で用意できましたね」

「個人入荷でなくて学校入荷でやってもらったんだ。学校の定期便に上手く乗せたら三日で届く……んだけど、まさか焦る必要がないとは」

 本当は校章を使ってオリジナルデザインの腕章を作るべきところではあるが、今回はとにかく時間がないので、『実行委員』と書かれている既製品で我慢することになった。

 Tシャツも、地球で外部向けに売っている校章がプリントアウトされた安物を大量入荷する予定だ。……無駄にならないことを祈りたい、とケイは経費の項目を見て冷や汗を流す。

「普通の学校なら、勝手に盛り上がっていくものなんだけどね……仕方ない、プロに頼むか。金をとられそうだな……。収支報告に雑費で載せて誤魔化すかな?」

「プロ?」

「お金への根性はプロだよ、メディア部のリジーは」

 セリアは友人の名前を出され、あっと声を上げた。

 ツァーリに言わせれば、ゴシップ誌まがいの校内新聞を書いているリジーなら、素人の自分達よりずっと目に留まりやすい宣伝をしてくれるだろう。



「リジー! 対抗戦イベントの宣伝を派手に頼めませんか? テロップを流すぐらいじゃ全然駄目で……」

 セリアは授業の合間にリジーを捕まえ、早速お願い事を切り出す。

 リジーはメディア部長だけあって、セリア達が今なにをしているのかをしっかり把握していた。

「私が広報担当をしたらいいの? 好き勝手やってもいいって条件なら引き受けるよ」

「好き勝手……あの、一応どんなことをするつもりなのか、わたしに話して頂けたら……」

 お金は少しなら用意しますとセリアは言えば、リジーはお金じゃないのと笑った。

 その笑い方が、明らかに企んでいますと宣言している。

「とにかく盛り上げたらいいんでしょ! でもそこはあれよ、セリアとツァーリにもしっかり協力してもらうからね!」

「協力……って、え?」

 協力を頼んでいるのは自分達なのに、なんで協力する側になってしまったのだろうか。

 いいからいいからとリジーは言い、放課後に部室で一時間よろしくと約束を取りつけられてしまった。

 またねとリジーは走り去り、セリアはぽつんと取り残される。

「ええっと、ツァーリに放課後の予定を空けてもらわないと……」

 端末に入れておこうとした瞬間、そのツァーリから連絡が入った。今から少し話せないかという、とても珍しい用件だった。


「――ツァーリ?」


 セリアは言われた通り、前にゲームの対戦につきあってもらった場所、学校の端にある小さな森のベンチへとやって来た。

 好きな男の人に、人気のないところに呼び出される。

 女の子なら憧れのシチュエーションなのだが、セリアはただ人に聞かれたくない話をするのだとわかっていたので、ときめきはしない。

「座れ、データを送る。対抗戦の障害物走についてだ」

 予想通り、話は対抗戦に関することだった。

 セリアは椅子に座り、ツァーリのデータを受信する。

「願望や希望はいれるな。今のAランクで現役船外活動士パイロットと1to1をして勝てるのは誰だ?」

「……ディックなら、相手次第です。わたしは運が味方しても勝てるかどうか。あとのメンバーは勝てないと思います」

 セリアは残酷な現実を告げる。そして現実を見ているのはセリアだけではない、ツァーリもだ。

「そんな駒で勝てるわけがない。今回の障害物走だって同じだ。それはお前もわかっているだろう」

「はい」

 ルールはまだはっきりと決まっていないが、トップでゴールした方が勝利校になるのは間違いない。

 単純にスピードを競い合う競技だからこそ、最後に実力差がはっきり出るのが障害物走だ。

「戦略で戦術を補うことになる。俺達が最も苦手としている『チームプレイ』が必要だ」

「……作戦として、わざと負けてもらう駒も出てくるということでしょうか」

「トップ5を残せば充分だ。あとはあえてうしろに回って援護射撃。前に出てこられたら、コースの選択肢の幅を狭くしてしまう。隕石から逃げる狭いコースで接近しすぎて自動減速装置が作動したら、両方アウト。フレンドリーファイアを起こして自滅するよりは、わざと負けてもらった方がましだな」

 今回の対抗戦は、現役船外活動士パイロット相手の1to1で惨敗したリベンジチャンス、月面カレッジの船外活動士パイロットAランク達は絶対勝つと意気こんでいる。そこに作戦とはいえ『わざと負けろ』と言えるのかと、ツァーリはセリアに問いかけた。

「これはチームプレイです、納得してもらうしかないでしょう」

 ぎゅっと握った拳が、言葉とは裏腹に迷いを示す。

「『相談』でこの件が通ると思いますか?」

「思わない。『決定前提』で話をしなければその場の多数決で負ける」

「ですよね……」

 ならば決定が先で、事後承諾を得る形で話を進めなければならない。反発は覚悟の上だ、そのあとは状況を見て、説得なり強制なりの方法で、皆にイエスを言わせるだけ。

「ツァーリ、その話はわたしがします。貴方は作戦を立てた、それに許可を出したのはわたし。手は出さないでください」

「それでいいのか?」

「恨まれるのはわたしで構いません」

 そのための実行委員長なのだから、とセリアは立ち上がった。

「ツァーリ、作戦をまとめてデータをわたしにください。今晩、船外活動士パイロットAランクを集めて話をします。作戦名は『墜ちる星ミーティア』――ぇ、と……やりすぎですか?」

 こういうのはわかりやすい方がいいのではと思って、とセリアは作戦名にフォローを入れる。星群スターズカレッジ相手、それを踏まえて墜ちる星ミーティアと名づけたが、ちょっと過激だったかもしれない。

 だがツァーリはふーんと考えて、別にそれでいいと頷く。

「夜までにデータをまとめておく。できる限り、後方支援は少なくしておく」

「……頼みます」

 トップ会談はこれで終わりだ。セリアはツァーリに絶対の信頼を置いている。ツァーリの作る作戦なら間違いない、だからその作戦を持ってきたら即ゴーサインだ。

「今晩の予定、船外活動士パイロットAランクとの作戦会議、と」

 ディックにその旨を伝え、自分の予定表にも書きこんでおく。普段なら無重力体験室で浮かんでいる時間を、今は全て対抗戦準備に費やしていた。

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