Section3-1 不遜な王と軽薄な騎士

 そこは煌びやかな宝石類で彩られた豪奢な部屋だった。

 ルビー・サファイア・エメラルド・ダイアモンドを筆頭に、様々な種類の宝石がガラスケースの中で大切に保管されている。中には金や銀などの貴金属も存在しているが、全体の比率では数パーセント程度の数にしかならない。

 宝石の保管庫。一目見た者は最初そう思うかもしれない。だが、よくよく目を凝らせば高級ホテルのスイートルームのように高価な家具や調度品も揃っていることに気づくはずだ。そこから感じ取れる生活臭は、客室等の特別な部屋のそれではなく、普段から誰かの私室として使われているようであった。

 この部屋の主は、最奥に鎮座する玉座のような椅子に悠然と腰掛けている青年である。

 逆立った青白い髪に端整な顔立ち。口は無愛想に閉ざされているが、切れ長の双眸には鋭い光を宿し、睨んだだけで相手を切り刻んでしまいそうな危険さを孕んでいる。彼の纏っているジャケットとジーンズは豪華絢爛な部屋では異色に思えるも、高級さから言えば決して見劣りはしないだろう。

 見る者を問答無用で圧倒する彼は、右手で頬杖をつき、左手で摘んだ大粒の赤い宝石を鑑定するように見回していた。

「やはり、素晴らしい」

 この部屋にあるどの宝石よりも美しく透き通った輝きを放つそれを一通り眺め終えると、彼は口元を満足げに緩めた。

「〈ヴィーヴルの瞳〉……抉り取った時はもう少し大きかったが、消耗した魔力の補完に多少使ってなおこの輝き。まさに王たるこの俺に相応しい代物だ」

「なぁ~に一人でうっとりしちゃってんのよ、旦那。ホントにいい趣味してんのな」

 唐突にかけられた軽薄な声に、趣味を邪魔された青年は眼光を一際鋭くしてそちらを睥睨する。

 入り口の扉に凭れかかるようにして、プラチナブロンドのロン毛が目立つ男がからかうような笑みを浮かべていた。軍服を改造したような純白の騎士服を纏い、腰には銀の鞘に納まった長剣を佩いている。魔術的宗教結社『黎明の兆し』総帥――リベカ・シャドレーヌの契約幻獣だ。

「貴様、誰の許可を得て王の寝室に無断で足を踏み入れた?」

「ノックはしたんだけどねぇ。ほら、俺様って一応紳士だから。旦那がお着替え中だったら失礼かと思ってさ(野郎の裸なんざ見たくもねえわけで)」

「どの口がほざく」

 扉がノックされていたことは青年も気づいていた。しかしわざわざ返事をするほど彼は親切ではないし、趣味の時間を壊されるのも苛立たしい。気づいていて無視を決め込んだのだ。

「フン、今の俺は気分がいい。非礼は許してやるから要件だけ済ませて消えろ」

「旦那、自分が雇われの身分だとわかってんの?」

「くだらん台詞をぬかすな。興が醒める。俺が雇われているだと? 違うな。俺が貴様らを守ってやっているのだ」

 青年も人間ではない。『黎明の兆し』で用心棒を務めている野良の幻獣である。こちらの世界で存在を保つためにはどうしても人間に関わる必要があるため、彼はプライドを折って脆弱な人間どもと協力関係を結んでいるに過ぎない。

「旦那、ホントに人間嫌いなのか? 魔術師と契約したくねえんなら、こんな回りくどいことせずに人間喰らってりゃいい話でねえの?」

「ほう、貴様は害虫を喰らって平気なほど脳味噌が獣なのか?」

「ああ、旦那の目には人間ってそう映ってんのね」

「使いようによっては益虫にもなるぞ。この俺が群がるハエ共を蹴散らしてやる代わりに、魔力の補充に使える宝石を献上させるようにな」

 宝石と名のつく物には多かれ少なかれ魔力が含まれている。その魔力を抽出し、体内に取り込むことで彼は人間と契約しなくてもこれまでこの世界に存在し続けられていた。

 とはいえ、彼が元々宝石から魔力を抽出する能力を持っていたわけではない。その術式もこの世界に飛ばされてすぐ、はぐれの魔術師を拉致して編ませたのだ。

「これ以上貴様とつまらんお喋りをする気はない。さっさと要件を言え」

 雑談を打ち切って促すと、白服の騎士は口元の笑みを深くする。

「俺様の気まぐれで旦那んとこに遊びに来た――って言ったら?」

 ヒュン! と短い風切り音が白服の騎士の横を掠めた。

 一瞬前まで玉座に座っていたはずの青年の手刀が、白服の騎士の首筋数ミリ横を貫いていた。

「その一秒後には、貴様の首が床を転がっているだろうな」

 白服の騎士は微かに冷や汗を流しつつ、あくまで飄々とした態度を崩さない。

「おーおー、コワイコワイ。旦那って割りとノロマな種族じゃなかったっけ?」

「少なくとも、貴様を狩れないほど愚鈍ではない」

「そりゃそうだわな」

 青年は手刀を下げる。白服の騎士は重圧から解き放たれたように肩を軽く竦めた。

「まあ、安心しろや。用もなく遊びに来るほど俺様は旦那のこと好きじゃねえからよ」

 先程の言葉を否定して、白服の騎士は本題を口にする。


「リベカがお呼びだ。聖堂まで来いだってさ」


 瞬間、青年の片眉が苛立たしげにピクついた。

「ふざけるな。なぜ俺が愚民ごときに命じられて出向かねばならん。献上品を持って貴様がここへ来いと伝えろ」

「なんでもリベカたちの探し物が見つかったらしいんよ。当然ながら邪魔者もいるわけで」

「貴様らの目的など俺には関係ない。報酬さえ払えば仕事はしてやる。だが俺に懇願はしても命令はするな」

「不遜過ぎんぜ、旦那は」

「無駄口を叩く暇があればリベカを連れてこい」

「へいへい、まったく俺様使いが荒いのなんの。やんなっちゃうねぇ――――調子ぶっこいてっと串刺すぞ?」

 表情から全ての軽薄さを消し去り、白服の騎士は腰の剣に手をかけた。冷血に染まった青い瞳が青年を射る。青年が一歩でも前進すれば、抜き放たれた剣尖が容赦なく喉元を突き刺すだろう。

 もちろんそれは、青年が白服の騎士よりも劣っている場合に限るが。

「道化師が。ようやく素を見せたか」

 ギン! と目を見開く。次の瞬間、部屋全体を揺るがすような威圧が青年から放たれた。

 あらゆる生命を屈服させる〝王威〟の特性を受けてなお、白服の騎士は跪かなかった。彼の周りには薄っすらと白い光の膜が張られている。どうやらそれで特性を無効化しているようだ。

 どちらも一歩も退くことはしない。

 先に動いた方の首が飛んでしまうような緊迫感。

 両者の睨み合いは永久に続くかのように思われた、その時――


「おやめなさい」


 静かでいて重みのある女性の声が割り込んだ。

 両者は同時に声がした方向、廊下へ続く扉の奥を見やる。そこからカツカツと靴音を響かせ、司祭服に身を包んだ妙齢の婦人が歩み寄ってきた。

 魔術的宗教結社『黎明の兆し』総帥――リベカ・シャドレーヌ。

「ここであなた方に暴れられては連盟に居場所が割れてしまいます。極力、身内での争いは控えてくださいませ」

 リベカに諌められた二体の幻獣は、互いをもう一睨みした後に興が削がれたように戦闘態勢を解いた。

「リ~ベカ~、結局来るんだったら俺様をパシリに使うなっつうの。危うく死にかけたぜ」

 軽薄さの仮面を被り直した白服の騎士がオーバーリアクションで溜息をつく。対する契約者のリベカは「それは申し訳ありませんでしたね」と淡白に謝罪した。

 二人の遣り取りを後目に青年は玉座へと戻り、くだらなそうに言の葉を紡ぐ。

「おい、リベカ。一つ聞かせろ。そもそもなぜ王たる俺がこそこそと隠れなければならん。先日のドラゴン族が主力の一つだとすればたいした脅威ではなかろう? 連盟の雑魚どもがいくら群れようと蹴散らせばよいだけの話だ」

「連盟を、いえ、秋幡辰久を甘く見てはいけませんわ」

「たかが人間ではないか」

「彼は我らが『主』を失うきっかけとなった大魔術師です。連盟の主戦力はこの前のドラゴン族などではなく、彼と思っても差支えはないでしょう」

 リベカの言う『主』とやらがなんなのか青年は知らないし興味もないが、秋幡辰久という大魔術師には多少なりとも関心を寄せられた。

「ほう、本当にドラゴン族を差し置くほどの人間ならば是非ともこの手で引き裂いてみたいものだ」

「その息子が、今回我々にとって最大の邪魔者となる可能性があります」

 リベカはそう告げると、懐から絹の袋を取り出した。そしてじゃらじゃらとなにかの擦れる音がする中身を青年に見せる。

 袋には純度の高い色鮮やかな宝石類が詰まっていた。

「フッ、世渡りを心得ている人間は嫌いではないぞ」

 寄越せと言わんばかりに片手を差し出す青年に、リベカは宝石袋を投げ渡した。

「あなたには作戦実行時、秋幡辰久の息子を足止め、可能であれば排除を行ってもらいたいのです」

 受け取った青年は中身を再確認すると、口元を不敵に歪め、自身ありげに言う。

「可能ならば、か。貴様こそ俺を甘く見ているのではないか? 貴様らが危惧する障害は全て俺が引き裂いてやろう。だから安心して事に及べ」

 青年の頼もしい言葉を聴き、リベカはどこか空恐ろしい薄っすらとした笑みを浮かべた。

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