Section4-7 霊妙な威光

 瓦礫が吹き飛ぶ。

 ヤマタノオロチは五代目『生贄の姫巫女』の体についた汚れを払うと、血色の双眸をさらに血走らせて日下部朝彦を睥睨する。

《この。愚かしい人間の雄が――!?》

 ヤマタノオロチが口を開くや否や、朝彦は動いていた。一鼓動の間に懐に忍び込み、ショウブの葉に似た刃先を持つ刀――〈天叢雲剣〉で敵の首を切断せんと斬り込む。

 ヤマタノオロチは回避しなかった。首を刎ねられる勢いに押されて仰向けに倒れる。

 だが、手応えはない。朝彦は即座に後退し、瞬く間も与えず四本の宝剣を展開、敵を包囲する。

〈沓薙剣〉は土気を纏う。

〈天叢雲剣〉は水気を纏う。

〈八重垣剣〉は火気を纏う。

〈都牟刈大刀〉は風気を纏う。

 大地が突き上げ、水流が躍り、業火が唸り、裂風が舞う。

 そこにはこの世のものとは思えない光景が繰り広げられていた。周囲にいる誰もが一歩たりとも近づけない。あの中に飛び込んだら最後、人としての形はもちろん、肉片一つ残ることはないだろう。

 しかし――

 爆風。

 絶え間なく暴れていたエレメントが一瞬にして虚無の彼方へと吹き消えた。

 佇む白い人影。

 ヤマタノオロチを討ち取ったと喜びかけた雰囲気に絶望の火が灯る。あれだけの攻撃を受けてもなんともない敵にパニックする者もいる。

 僅かに俯き、前髪で目元に影を落としている白装束の女性。底冷えする負のオーラが全身から滲み出ている。

 その背後――

 一人だけ冷静さを保っていた朝彦が黒コートを翻して現れた。従える四本の宝剣を操り、自分の曾祖母である女性の体を滅多斬りにせんと振るう。

 四つの刃が女性の白い肌を捉える――直前、不意に朝彦は真横からの衝撃を受けた。

「チッ」

 巨大なハンマーを打ちつけられたような衝撃に、朝彦は砲弾と化して吹っ飛ばされる。壁に叩きつけられると同時に受け身を取ってダメージを軽減し、着地後に鋭い眼光でヤマタノオロチを睨む。

「〝霊威〟か」

 奴の力は『霊妙な威光』『優れて不思議な力』という意味通り、正体が掴めない。しかし念力というのは的を射ていると思われる。朝彦が宝剣を操る術式も『念』を重点にしているため、少なくとも性質が近いことはわかる。

《吾の〝霊威〟は水気を繰る》

 怨念を吐き出すようにヤマタノオロチが唱えた。次の瞬間、奴の周囲に大量の水が出現し、大波となって全方位に押し寄せてきた。

 洞窟全体が激しく揺さ振られる。朝彦は〈天叢雲剣〉で水気を逆に乗っ取り安全圏を確保したが、この場にいる味方全員をカバーできるほどその宝剣の扱いに慣れていない。だから早めに奪っておきたかったのだ。

 波が引く。どうやら皆無事のようで、朝彦の唇が僅かに斜に歪んだ。

「お兄ちゃん、こっちの心配はしなくっていいから!」

 夕亜だ。傍に集った三十名の術者とヤタガラスを彼女が結界で守っている。彼らにはまだやってもらうことがある。朝彦は目配せだけで妹に指示を送り、彼女も朝彦の意思を受け取って術者たちを洞窟の出口へと先導していく。

《ああ。忌々しい。吾から逃げられると思うておるとは》

 ヤマタノオロチの暗黒のオーラが激しく揺らめく。

《この体は『人化』より消費が少なく便利だったが。所詮は吾を封じていた憎き器。もうよい。貴様ら皆喰らわねば吾の気が収まらん! うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!》

 ヤマタノオロチが天に向かって咆哮した。魔力が激しく脈動している。奴がなにをする気なのか朝彦はすぐに看破する。

「まずい! 急げ夕亜!」

 慌てて叫んだ直後、五代目『生贄の姫巫女』の姿が歪んだ。淡い霊光がその全身を包み、次第に強さを増していく。

 大気がピリピリと張り詰める。重力が反転したかのように小石が天井へと落ちる。

「奴が本来の姿に戻ろうとしている! こんな洞窟など押し潰されるぞ!」


 この日、八櫛谷を震源とする震度六強の地震が観測された。

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