6.竜が目立ったよ

「目立ったの……?」


「目立ったよ?」


 ぽつりと漏らした僕の言葉にかりんが同じ単語を重ねてくる。

 情けないけれど、僕の方から思わず聞き返してしまったのだ。

 だから、かりん、そして僕、最後にかりんと同じ意味を持つ言葉が一往復半したことになる。


 かりんが始めたという竜のお散歩。もちろんさっちゃん同伴の上でのことだけど。誰の許可も取らずに、もちろん竜の散歩の申請を受け入れてもらえる部署は近くの役所にはないけれど。

 その目撃証言は曖昧模糊だ。

 最近さっちゃんとかりんが連れだって近所を歩いていたという情報はあちこちから入ってくる。

 だけど、そこに存在するはずの中心人物……人物? まあそういうことにしておこうか。

 拾われて、笑って遊んで喋って……転んで泣いて、一緒に旅にでようかとまで考えてしまったんだから。擬人化ではなく、人と近しい存在なのかもしれない。竜って奴は。

 このあいだ……先々週の日曜日。さっちゃんとかりんと――あとおそらくは竜と――出掛けるはずだったのだけれどあいにくの雨で延期となった。

 雨天順延というのはあの日の朝に出かける準備をしていた僕にかりんが告げた言葉だ。

 雨と竜。そんなに相性は悪くないと思うのだけれど、さっちゃんにとってはそうでもなかったみたい。

 その次の旅立ちの予定日、先週の日曜日はさっちゃんが親戚の法要とかで都合がつかず順延。さっちゃんともあろうものが、そんな理由で重大――だろうと僕は信じている――イベントを先送りしたのが不思議とといえば不思議だったけど、ああみえて意外と信心深く、先祖供養を大事に考えているのかもしれない。実は素朴で純真なやつだったりするのかなあとか思ってしまったのは内緒。

 さっちゃんは僕に見せる顔とかりんに見せる顔を使い分けている。親戚に対してだってそうなんだろう。


 それと同時に、なんだか、うまく丸め込まれている気もする。

 なんだかんだであれからほぼ丸二週間。

 何のためにどこへ行くのかも知らされないままの日々。当然僕の疑問は大きくなる。

 かりんは相変わらずさっちゃんの家に出入りして、竜とやらと遊んだり、じゃれたり、エサをやったり、挙句の果てには散歩に連れ出したりと、なんだかんだ楽しんでいるようだ。

 僕はというと、決意を炭素結合体よろしく固めて決してさっちゃんの家には近づこうとはしていない。それでもかりんからいろいろな話が聞こえてくる。

 竜がどんどん成長して大きくなっているとか、ついには会話ができるようになったのだとかなんだとか。

 ひょっとすると、竜はこのまま僕の行動圏外でどんどんどんどん成長し、ニュースになるようななにかをしでかすのかもしれないし、いつの間にかいなくなっているのかも知れない。

 後者の方向性に期待を込めつつ、僕はどうせ中止になるだろう、次の日曜日の旅立ちを体面的な表面上も、精神的な表面上も心待ちにはせずに、できる限り平穏な日常を過ごそうと心掛けている。


 そう、それで散歩というお話に戻る。

 ほんとに竜が居るのなら、それを連れて散歩になんかでかけたら目立って仕方がないんじゃないか? というのは当然の疑問。

 だから、それをそのままかりんにストレートに投げかけたのだけれど。

 かりんが自らそう言いだしたんだし。

 かりん的には自分たちの行為は衆目を集めているという認識のようだ。これは僕のそれなりに長いかりんとの付き合いによってかりんの言葉に込められた微妙なニュアンスを読みとったうえでの印象。

 でも、未だにニュースになったり新聞の紙上をにぎわしたりしていないのはもちろんのこと、ご近所さんの噂話にも竜の話題はもちろんのぼらない。

 衆目はもともとあまり外を出歩かないさっちゃんに向けられているだけなのかも?


「かりんと、さっちゃんと……竜と?」

「三人で」

 僕の問いかけに、かりんはこの世で最も信頼に値する返答を返してくれた。つまるところのそれは数字。数学なんてたいそうなものじゃないけど、数字って言うものの持つ説得力は偉大だ。単純明快にして誤解を生む余地がない。

 さっちゃん=一人。かりん=一人。竜=一人。

 さっちゃん+かりん+竜=1+1+1 なわけで。

 やっぱりどこをどう解釈しても竜は散歩に出かけているわけで。だって3だから。


 目立つよねそりゃ。かりんがそう考えるのも無理のないこと。たとえそれがさっちゃんの印象操作によるものだったとしても。

 ああ、このあたりの事実の不整合はどう処理してしまおうか。こんな感じで僕の心をかき乱すのがさっちゃんの狙いの一つだというのは重々理解しているもののやっぱり気にせずにはいられない。

 あの時雨なんて降らなければよかったのに、早々に決着がついていたかもしれないのに。

 となると、今度はさっちゃんが自在に天候や親戚の法要の日程を操作できるのではないかとまでの疑心暗鬼にかられる。

 前者は、自称『気象変更士』であるさっちゃんだから、できるのかと聞いたら二つ返事でYとEとSの三文字が返ってくるだろう。三つの文字を一つの返事に乗せてくる。

 後者については、あいにくと僕はさっちゃんの親戚に対してのポジションまでは知らない。そもそもさっちゃんは家庭というか、人間臭い部分に蓋をして生きているのだから。 踏み込まれたくないのか、踏み込まれたうえでカウンターを狙っているのかわからないけどとにかく僕は踏み込んでいないのだから。


「飛んでいくの? 歩いていくの?」


 またどうでもいいことを聞いてしまった。


「飛んだり歩いたり」


 かりんの答えも結局そんな感じで。


 もやもやがもやもやもやになってもやもやもやもやになっていく。

 もや、一つ分ぐらいにまとめるにはやっぱり晴れた日曜日というのが必要だ。僕的には雨でも全然かまわないんだけれど。

 と僕は心の中でテルテル坊主みたいに白いレインコートに身を包んだ竜の姿をイメージするのだった。

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