7.竜が飛び立つよ
「飛び立つよ!」
熱っぽく語られるかりんの言葉を僕はそれ以上追及しなかった。より正確にいうとできなかった。頭が巧くまわらない。
かりんの言葉に込められた熱と、僕の体温的な熱が比例してしまっていた。なにもかりんの所為で熱があがったわけじゃないけども。
さすがにかりんも風邪で寝込んでいる僕にそれ以上関わろうとはしない。
氷水で冷やしたタオルをおでこにかぶせてくれながら、ぼそりと。
「飛び立つんだよ」
と言い残して部屋を出て行った。
とても申し訳ない気分になる。かりんに付き合ってやれなくて。
さっきも言ったように頭が朦朧。高熱というほどではないけれど。微熱よりも二度弱くらい高い熱が僕の頭の回転を鈍くする。自制心を失わせるのを怖がってしまうって理由もあった。
飛ぶのは知ったからね。かりんの竜っていう人が。さっちゃんのビデオレターの映像の端々にもその姿が見て取れたし、散歩に行くのも歩いたり飛んだりしているってことだから。
でも立つってなんだろう? 飛ぶに立つを加えて飛び立つ。飛んで立つ? 立ちながら飛ぶ?
やっぱり気になる。少し体温が上がったみたいだ。かりんが置いてってくれた洗面器に溜まった氷水にタオルを浸してもう一度あの冷たい触感を味わいたい。
だけどそれをするには体を起こさないといけない。
比較するに、わざわざ起き上がって心地よい冷たさを手に入れるのと、このまま体力を温存して横たわっているのと。どちらがどうとも言えないけれど。消極案で僕はこのまま寝ていることにした。
しばらくしたら退屈を持て余したかりんがまた様子を見に来てくれるだろう。
話の続きをしたがってるみたいだったし。
それまでに少しでもしゃっきりと出来たらいいんだけど。
夢を見た。
実際に夢だったのか。それとも現実が少し混じったのか。考えていたことが夢になったのか。
さっちゃんが竜をうちに連れてきた。きゃおきゃおという鳴き声がたびたび聞こえる。
かりんの話し声。かりんとさっちゃんの話し声。かりんとさっちゃんと竜の話し声。
二階にある僕の部屋からはその内容は聞き取れないけれど。
なにかとっても重要な話をしていた気がする。
その重要さが僕にとってなのか竜にとってなのか。
目が覚めると部屋も家も静まりかえっていた。かりんの声もさっちゃんの声も、竜の声もしない。
寝返りをうってしまったせいか、おでこから零れ落ちたタオルが枕元の布団を濡らしている。
ひんやりして気持ちいい。ひょっとすると寝ている間にも何度かかりんが交換してくれたのかもしれない。
「ご飯あるよ」
様子を見に来てくれたかりんからの言葉。こういう時に――風邪で寝込んでいる時に――食べるのは世間ではお粥と相場が決まっているんだろうけど。
あいにくと僕はお粥が苦手だったりする。叔母さんが作ってくれた時にはもちろん文句を言わずに食べるけど。叔母さんは僕がお粥嫌いって知らないし、わざわざ言う必要もないし。食べれないわけじゃないから。
かりんの言うご飯がお粥であれ何であれ。かりんが作ってくれたんならなんであっても不満を口にせず口に入れるつもりで僕は頷いた。
それよりなによりかりんが料理なんて珍しいなという疑問の方が大きい。
「作ったのはね、内緒なの。
誰が作ったか言っちゃいけないんだって」
かりんに連れてこられたおじやを口にしながら、これを作った顔を思い浮かべる。
おそらくは……さっちゃんだろう。十中八九。いや九割九分?
僕がおかゆが苦手でおじやが好きなんて情報かりんにもさっちゃんにも伝えてたっけ?
偶然なのか、意図したものか。
僕が元気な時ならば、タバスコやハバネロのひとつも入れそうなさっちゃんだけど。それか、フォーチュンクッキーみたいな予言メモか。
今日のおじやに入っていた異物としては精々卵の殻ぐらい。
それすら狙ってやっていそうだなと思えてしまうから、僕ってさっちゃんには優しくないのかもと思えてしまう。
さっちゃんに対してそんな気持ちが芽生えるなんて、やっぱりちょっと弱ってるのかな? 精神的に。
「ありがとう」
かりんに向けて。この場に居ないさっちゃんに向けて。
「どういたしまして」
そんな会話で締めくくる。明日には熱も下がって元気になっていることだろう。
そろそろ竜に会いに行くのもいいかもしれない。
さっちゃんのおじやはそのための布石なんだ。僕に恩を売って下手に出させるための。
じゃあ、その誘いに応じないと。一飯のお礼。それと僕の好奇心。すべてを満たすために竜の元へ。
明日は病み上がりだからやめておこう。竜に風邪をうつしたら悪いから。
明後日か明々後日。焼き菓子でも持ってさっちゃんの家に行こう。かりんと一緒に。
さっちゃんがそれを望んでいるのかいないのか。今の僕にはさっぱりわからないけれど……。
そんなことを考えながら、飛び立つには飛んで去っていくという意味があったんじゃないか、なんてことを思い返していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます