4.竜が喋ったよ
「竜が喋ったよ」
あまりにも唐突すぎるかりんの言葉。
それに対しての僕の反応はといえば、絶句&思考停止だった。
話を振られるタイミングも悪かった。ちょうど、二人での夕食も終わって明日は学校も休みだし、ほっと一息ついたところ。今日はかりんとも随分話したし、後は、のんびりとテレビでも見てから部屋に帰ってちょっと本でも読んで、早めに寝ようと思っていた。その、のんびりテレビを見ようと思ってソファに腰掛けた直後に唐突に話しかけられた。
僕が話に付き合わない――あえて付き合おうとしない――可能性について考えているのかいないのか、かりんは僕の横にちょこんと座った。話を続けるでもなく、こっちを見るでもなく。
無視するならどうぞご自由にということなのだろうか? いや、かりんに限ってそんな深い考えがあるはずがない。なんとなく、あのタイミングでこの話題を切り出して、なんとなく隣に座ったんだろう。もちろん話の続きが出来るのであれば続けたいという希望付きで。
仕方がない。聞いてあげるよ。
僕には兄弟がいない。従兄弟のかりんは今では僕の妹のような存在になっている。ここ何年か一緒に暮らしているのが大きい。叔父さんも叔母さんも仕事が忙しくて帰宅が遅くなることが多いので、二人っきりで過ごす時間も結構多い。
かといって共通の話題や趣味があるわけでもないので、べったり仲良しの二人といった感じではなく、付かず離れずの微妙な距離を保ちつつ今日に至る。
居候の身分なので、叔母さんの代わりとまではいかないけれど、僕がせっせと家事にいそしんで時間が取れないのもひとつの原因かも知れない。
すがすがしい空気のような関係。
そんなかりんと僕だけど、ここ最近は話題に事欠かない。共通の話題というか、かりんが一方的に話役で僕が一方的な聞き役に徹しているのだけど。
話題の主は竜。3週間前にかりんが拾ってきたという謎の生き物。今は近所に住む知人のさっちゃんという人物に預けて育てて貰っている。
僕は一度もその竜を見たことがないけども、かりんはほぼ毎日のようにさっちゃんの家に行って、竜の寝顔を見たり、エサをあげたり、最近では猫じゃらしとか、ラジコンのミニカーとかで一緒に遊んでいるらしい。
ちょっと前に聞いた話では、竜は空を飛ぶ練習をしているらしく――実際のところは背中の羽をパタパタ動かす程度――、近々室内用のラジコンのヘリコプターを導入することまで検討しているようだ。竜のフライトの練習用に。検討していたのはさっちゃんだろうけど。その後飛べるようになったのかどうかも聞けてない。おそらくまだ飛べてないんだろう。
最近の僕は、かりんの口から竜の話が出るのが怖くもあり、竜についての何の話もしなかった日は、ちょっと物足りなかったりと複雑な日々を送っている。基本的に『竜』の存在を信じていない僕は、かりんがさっちゃんに騙されて、なにか得たいの知れないものを竜だと信じ込まされているんだと勝手に想像している。それが一番現実的だ。非現実はよそでやってくれたらいい。もしくはコンピュータの中だけでとか。
だから、居もしない竜について僕があれこれ考えるのも時間の無駄なので、できるだけ関わらないようにしようと心がけてはいる。
とはいいつつも、心のどこかでは竜がほんとにいたらいいなとか思ってしまっているらしい。自分でも気が付いていなかったけど、どうやらそうみたい。
かりんの口から「竜が飛んだよ」って聞くのを今か今かと待ち構えてしまっている。だって、竜といえば空を飛んで、火を吐いて、竜にもいろいろ事情はあるけど結局のところ人間の味方でってこれは単に僕の中での理想の竜の話。仮に、竜が実在したところで人間になついたり、いろいろな命令を聞くだけの知能があるなんて都合のよい確率は低いよね。そもそも竜が存在する確率がどれだけあるのって疑問の提示が先だけど。
で、僕の淡い期待を知ってか知らずか、空へ羽ばたこうと頑張っていた竜君。竜君はまだ飛べないけど、そして火を吐くこともできないけど、なんと喋っちゃったんだ。それを聞いて僕はどれだけ固まってただろう。2分とか3分くらい? それなら平気だね。いつものことだから。
竜が喋ったってそんないきなり、小難しいことを話せるわけがないし、そうだ、鳴いたんだ。かりんが話すのにあわせて鳴き声で相槌を打ったとか。それなら納得。以前にも竜は『キャオウン』とかって鳴くって言ってたし。もっとしっかり力強い鳴き声になってきているのか知れない。
「鳴いたん……だよね」
「ううん。喋ったの。ちゃんとお喋りできたんだよ。ごちそうさまって」
一瞬よろよろとそのまま倒れこむところだったけどすぐに立て直し完了。竜に知性があることが判明してしまえば、ひと目会いたくなってしまいそうな僕だったけど、かりんの言うことを聞いてホッと胸を撫で下ろす。
そうか、ご飯を食べた後に鳴いたんだ。それがごちそうさまに聞こえなくも無かった。そう解釈する。これで安心して、竜が飛び立つ日、あるいは火を吐き出す日を待っていられる。
「あとね、おはようとね、こんにちはとね、おやすみも言ったよ」
うれしそうに微笑みながら話すかりんの言葉を聞いて、僕はなぜか九官鳥を想像していた。
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