3.竜と遊んだよ
「竜と遊んだよ」
「何で?」
僕は思わず聞き返してしまった。
「ねこじゃらし!」
かりんは屈託なく笑みを浮かべながら答えた。
そうですか。竜は猫じゃらしに、じゃれつくんですか。初めて得た知識だ。もちろんのこと。
ここでしばし考える。かりんの話に付き合うべきか否か。付き合わなかったときのメリットは明らかだ。空いた時間を自分の好きなことに使える。デメリットは……特に無い。付き合った場合のメリットは……やっぱり特に無い。特に? 取り立てて即効性のある何がしかの利益は無いんだけど、じゃあ何故だろう? 結構な頻度でかりんのお話に付き合ってあげているのは。
かりんはちょっと考え込む僕を急かすでも無く、じっとこっちを見ている。
「へ~~。そうなんだ。やっぱりまだちっちゃいから相手してもらうのが楽しいのかもね」
今回は、僕の負け。かりんの話に付き合うことにする。
同年齢の他の女の子と比べて、言葉遣いも幼くて話しているうちに、どんどん話が発散して脈絡が無くなってしまうかりんだけど、会話していて辛いと思ったことはあまり無い。
それに僕がかりんのうちでお世話になり始めた頃に比べれば、最近のかりんとのおしゃべりは、格段にスムースになったと感じる。年とともに成長したっていうようなレベルでじゃなくて、もっと劇的な変化だと、僕は評価している。叔父さんだって、僕に感謝しているという感じのことを洩らしたことがあったり。もちろん、こっちがかりんとの接し方をわかってきたということもあるだろうけど。
それにしても、かりんが拾って来てさっちゃんに預かってもらっているあの竜。
もちろん、僕はまだ実物を見たことが無いし――竜が入っていると言われたダンボールをほんの一瞬抱えたことはあったけど――これからも、積極的に見ようと思うことはないだろう。できればずっと思いたくない。そんなことはお構い無しに、かれこれ2週間もの間、竜はすくすくと成長しているみたいだ。
ちょっと前まではエサを食べる時以外はほとんど寝てるってことだったし、かりんどころかさっちゃんにさえ、なついているとかいった話は聞かなかったからほっとけばそのうち何か化けの皮が剥がれるんじゃないかって思ってたけど。化けの皮は言いすぎかも。『竜』の正体に迫る、大いなる手がかりと言い換えてもいいかも。
なんせ、もうちょっと僕の頭で理解できる状況に落ち着いてくれるかなって淡い期待をしてた。
でもねぇ、猫じゃらしでじゃれるときたら、さっちゃんによるちょっと手の込んだイタズラと、それにつき合わされている――もちろん知らず知らずのうちに――かりんという図式が成り立たないような。
些細ではなく大掛かりな陰謀という可能性は考えたくもない。いくら、さっちゃんが『自称マッドサイエンティスト』を標榜しているとしても。
この年まで生きてきて、猫と竜の区別が付かないかりんでは無い。当然だけど。それに、これまでに聞いた話を総合すると、羽が生えた何がしかの爬虫類的な形状で、色は緑っぽい茶系の小さな生き物。そういったものが、エサを食べたり寝たり起きたりと。まあ、当たり前の生活を送っているらしい。ほとんど寝ているっていうのが、当たり前のことなのかどうなのか僕には判断できないけど。
なんとなく、孵化した直後の海亀とかの映像を見たことぐらいはある僕の中では、生まれたてでも寝てばかりもいられないってのが――自然の?――あるべき姿だとは思う。そもそも竜と、現実に存在する海亀とかを比較することに意味があるのかわからない。もっと根本的なことを言えば『竜』の存在を肯定することが、間違いの始まり。
そんなことを考えながら、3割程度は上の空でかりんの話を聞いてると、またかりんから衝撃発言が飛び出した。なんと竜は飛ぶらしい。いや、違った。飛ぼうという意思を持って、そのための努力というか、準備というか、かりんの言葉を借りれば練習しているらしい。
「大概にせいよ!」とは言ってない。心の中で思っただけ。かりんの耳には「へ~~。頑張ってるんだね」と聞こえたはずだ。多少は気の無い返事に感じられたかも知れないけど。
そりゃ羽があったら飛ぶよね。十分想像できたはず。想定内。でも心の準備がまだ出来てなかった。だってついさっきまでは、エサを食べては寝るだけの存在だったんだから。 これで、僕がいくつか立てていた仮説のひとつが否定されてしまった。とはいえあんまり気にしない。かりんはともかく、裏で糸を引いているのがさっちゃんなのだとしたら、まともに付き合うのは損するだけだから。
数は多くないけど、いままでさっちゃんの悪ふざけで、僕が受けた迷惑っていったら……実はそんなに無かったりする。こっちが変に考えすぎて、ああ時間を無駄にしたなって思ってしまうだけで。
だから、今回も深くは考えない。
ひょっとしたら竜は精巧なロボットでさっちゃんが日夜、せっせと改造にいそしんで羽をパタパタさせることができるようになったとか、どこかのペットショップで仕入れてきた、とかげとかに羽を付けてそれらしくしているとか。
どうやったら、猫じゃらしと遊ぶくらいのロボットを作れるかも、羽を付けただけのとかげが飛ぶ練習しだすのかもわからないけど。
たまに気になってしょうがない点は、かりんに詳しく説明を求めてしまうかも知れないけど、基本的には適当なあいづちを打ちつつ、かりんの話すに任せるのが、僕がこの2週間で築き上げた今回のスタンス。方向性は間違ってないはずだ。
ひとつ気がかりがあるとすれば、『竜』というものに対する僕の憧れというか理想像。いくつかあるけど、その中の竜は羽ばたいて、空を飛んで当たり前という痛い点は既に衝かれてしまった。だからこそ、飛ぶ練習に過敏に反応してしまったわけで。
でも、さっちゃんに僕の中の竜のイメージが伝わっているはずがない。かりんだってそんなこと全く知らないはずだ。
さっちゃんのところに竜がいつまで居候を決め込むのかは、定かではないけど僕の中での理想の竜にどんどん近づいていってしまって、ひと目見てみたいって思ってしまうその前に、事態の収束を。切に願う。ほんと。
これで、火でも吐き出したものなら危険極まりない。周りの物が燃えて危ないとかってことじゃなく、僕自身に訪れるであろう危機。もう、片足くらいは突っ込んでしまってたら即刻対策を本気で考えないといけない。その可能性は十分にある。
かりんがそのうち、「竜が何かを吐く練習をしてるみたいなんだよ」って言い出す予感があったり無かったりするから。予感じゃなくって希望だったり。
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