第4話 仕事の支度
校門で
さしあたり必要なことといえば、もっと情報が欲しい。多田野からざっくりと口頭で聞かされただけでは心許ないからだ。早速今夜からでも調査を始めなければならない。クッキングバトル当日まであまり時間がない。何をするにしても大仕掛けは難しいだろう。エージェントのミッションにおいて、ときに「時間」は最も重要な
まず、オレが得なければならない情報は、大きくわけて三種類ある。
一つは、「究極至高のプリン」とはどんなものか、だ。こちらサイドの人間で、それを食べたことがあるのは、千口平芽以だけだという。どうやって作るのか、誰が考案したレシピなのか、原材料は何かなどは最低限知らなければ話にならない。知っているのは真古賀だけというが、周辺から調べてみる必要があるな。
二つめは、「クッキングバトルのルール」だ。所要時間、予算などもっと厳密に聞き出す必要がある。「負ければいい」という依頼とはいえ、負け方は重要だ。どう負けるかもこちらでコントロールできるようにしておかなくてはならない。場合によっては勝つことこそが最善の策になるのかもしれないのだから、生殺与奪権はこちらで手にしておくべきだ。
三つめは、この作戦の対象である多田野、千口平、真古賀、本多の四人の「人間関係」だ。それぞれの関係を裏表きっちり理解しておくのは絶対に必要だ。バトルの勝敗に関わらず、千口平を次期部長にするのだから、彼女らの微妙な関係までオレが知らなければならない。
ここで、ミッションの遂行条件を整理しておこう。
①クッキングバトルは、勝ち負けのどちらの結果でも、こちらで任意に操作できるようにする。
一般生徒に売れた数で勝敗が決するのであれば、予め一定数のプリンを秘匿しておき、負けた方がいいのなら忘れたフリをしてそのまま隠しておく。勝った方がよければ残り時間をにらみながら追加投入するということで逆転で勝利できるだろう。敵方もこちらの残数を見ながら油断するだろうから、虚を突く効果も期待できる。それならギリギリまで勝敗の判断を留保できる。
②勝敗に関係なく千口平を副部長にする。
これは、無数の方策が考えられる。あまり多くても仕方がないので、確度の高いものからいくつかに絞り込んでみる。すぐに思いつくのは二つ。
まず、指名権のある真古賀レイに昨年の約束を履行させ、千口平芽以を指名させることだ。脅すのか、洗脳するのか、どうするのかはあとで考えよう。
もう一つは、本多に次期部長を辞退させること。これも脅すか洗脳か、どちらでも実現はできるだろう。
ただし、これらの場合、どちらも遺恨は残ってしまう。結果を残すためには「記憶を奪う」という手段が使えないからだ。目的は果たしても、多田野がのちのち孤立するというのではよろしくない。それに、学園生活で暴力的なソリューションはスマートじゃない。できるだけ他の方法を考えるべきだ。
遺恨を残さずすっきり解決するためには、こちらサイドの駒である「多田野乙女」や「千口平芽以」へのアクションによる解決方法を考えた方がいい。それが平和的なソリューションだ。
もっとも本件の場合、部長指名の決定権がすべてあちら側に駒にあるので、それはそれで難しい。どんな絵図を描くかは、情報収集の成果次第だな。
そして多田野をリリーフに指名した千口平は何を考えているのか。入院先もわからないというではないか。直接聞くしかないのかな。
「やっぱり、人探しからかぁ」
バトルの日取りは日曜日だ。今日を入れても六日間しかない。やはり、できる限りの仕込みは今夜のうちに済ませておくべきだ。
オレは陽が落ちるのを待って、学校に引き返した。校門は閉まっていてセキュリティがかかっているが、いつもの方法ですべて無力化した。十五分後には自動的に復旧するので、急いで部室に向かう。自分のロッカーから盗聴キットと暗視スコープ、
「あれ?」
それぞれの上履きのかかとを下からくりぬいて差し込んだ。偽装に凝ってる時間はないので、とりあえず
システムの復旧まで、あと五分ある。昇降口に来たついでにすぐ横の事務室の無線LANルーターをこじ開けて(ソフトウェア的に)、校内サーバーから千口平芽以の連絡先を引き出した。最後の六十秒で職員用玄関から抜け出し、塀を飛び越えた。
塀の下にかがんでしばらく耳を立てていたが、とくに物音はしてない。脱出は成功したようだ。ハンディレシーバーからイヤホンを引き出して、三つの
帰り道を歩きながら、千口平の自宅へ電話をかけた。
『はい、千口平です』女性が出た。
「あの、ぼく同じクラスの川中島といいます。芽以さんはご在宅でしょうか?」
『あらあら、ごめんなさいね、ムスメは入院しているのよ』
「あ、そうでしたね。担任から書類を届けるように言われているのですが、どうしたらいいでしょうか」
『なんの書類かしら』
「すみません、中身は見ていないんです」
『そうなのね。家に届けてくれると助かるけれど』
「わかりました。これから伺います」
母親は礼を言って電話を切った。入院しているのは本当なのか。川中島と名乗って何も反応がなかったところをみると、一般の家庭と同様、保護者はクラスの生徒のことはあまり知らないのだろう。実在する芽以のクラスメイトは川中と中島だ。コンビニに立ち寄り、角二封筒を調達し、今日学校から配られたプリントを何枚か突っ込んで適当な「書類」をでっちあげた。こういうのはだいたい本人しか開けない。親が見てもその書類がなんなのかなどわかりはしない。
住所表記で予測はしていたが、行ってみるとやはり、千口平家は高層マンションだった。一軒家なら余裕だが、上層階の部屋なので、忍び込むのは骨が折れる。オレは方針を変更して、最後の一つの
当然ここはセキュリティがしっかりしているので、入り口でインターホンを鳴らす必要がある。部屋番号を押すと呼び出し音が鳴る。すぐに応答があった。
『はい』
「さきほど電話をしたものです」
『ご苦労様』
「書類はポストに入れておきますね」
『ああ、上まで持ってきていただいてもいいかしら』
え? それは願ったり叶ったりだが……。『ごめんなさいね』と言ってインターホンは途切れ、すぐに自動ドアがガーッと音を立てて開いた。予定変更だ。どうせならできるだけ多くの聞き込みをしてしまおう。芽以自身の病状でもわかれば上々だ。
エレベーターで上がり、ドア横のインターホンを鳴らした。
『お入りください』と言われた。鍵は開いていたので、玄関ドアを開いて中に入った。
廊下の奥からぬっとマスク顔の女が出てきた。母親か。少し若い感じだが。
後ろのドアが閉まったところで、カバンから書類(ニセ)を取り出して、お辞儀をしながら母親に差し出した。
「あの、これ、書類です」
「あんた誰?」
え? と思って顔を上げたところで気がついた。マスクの女は千口平芽以本人だった。気がついたが、オレはすぐに気を失ってしまった。
つづく
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