第2話 彼女の問題
多田野乙女が所属する「和菓子洋菓子研究会」は、とにかく放課後にお菓子を作って食べる団体だ。一部で「スイーツ(笑)部」とも呼ばれているが、正式な略称は「和洋研」である。
元は和菓子研と洋菓子研が別々に存在していたのだが、校内の「菓子調理室」の使用権問題で長年衝突を繰り返してきたという経緯がある。週5日のうち、どちらが3日使うのか、それとも2日だけなのかで抗争を続けてきたわけだ。関係性が良好な場合は、使用日2日の方が金曜日に使うということで収まっていたが、バランスが崩れるといろいろとイザコザが増える。過去にもいくつかの事件が発生していて、「孤高の火薬庫」などとも揶揄されているぐらいだ。
たとえば「白雪姫事件」のときは洋菓子研から生徒会に差し入れられたアップルパイには生地の材料に巧妙に酸化マグネシウムが混入されていて、生徒会役員が次々に病院送りになり、当時の生徒会長が長期入院するというちょっとした食中毒騒ぎになった。黒幕は和菓子研と言われているが、証拠は上がっていない。
同時期に発生した「人魚姫事件」、「眠り姫事件」でも生徒会長が入院する事態になったが、いずれも真相は明らかにされていない。全部理事長がもみ消した。生徒会長の天野セイラが、入退院を繰り返す度に徐々に痩せていったので、食中毒は狂言で、ダイエット目的の入院だったのではないかという説もあるが、実情は定かではない。それと、これらは本件には全く関係ないので、オレがこれ以上調査する必要はない。
いずれにしても、和洋研はいろいろと騒動の火種になりやすい団体だということは把握しておいた方がよさそうだ。この一見美少女のような多田野にしても、内臓はひどく薄汚れているのかもしれない。気を許してはいけない。
今年、洋菓子研に三年生部員がいなくなるのを機に、昨年度に両団体が合併した。和菓子研は、洋菓子研に二年生以下の部員しかいなくなることで、「生徒会規約:部長は最上級生のみがなれる」を理由に強引な吸収合併を推し進めたのである。部長不在であれば予算が獲れないので、泣く泣く洋菓子研側が承諾したものであるが、裏でなんらかの取引(恐喝か買収か)があったものとオレは見ている。人数自体は洋菓子研の方が若干多い。
合併して旧和菓子研部長の
「和洋研の次期部長のことなんですけど」
オレがじっと黙っていたので、多田野が切り出した。不安そうにこちらを見ている。憂える瞳が美しい。
「いいですか?」
「ああ、はい。続けて」
「洋菓子と和菓子の話は聞いています?」
「まあ、だいたいだけど」
だいたいではあるが、一般生徒は知らない情報もいくつか掴んではいる。ヘル部には独自の情報網があるのだ。
「私は洋菓子派です」
「なるほど」
つまり、千口平派ということだ。きっと肩身が狭いことだろう。かわいそうに。大丈夫、オレがなんとかしてやるから。
「それで……」
オレが黙っているので、多田野は言いにくそうに話を続けた。
「あ、はい」
「次期部長を決めることになったんです」
まあちょっと早いが、孤高祭が終わればどこの部もそんな話になるのだから、おかしいことはない。二年生で副部長の千口平が次期部長に収まるのが妥当だろうが、そういうわけにはいかないのか。
「チグが次期部長じゃないの?」
夏来部長が遠くから割り込んできた。ちゃんと聞いてやがるやらしい。チグとは千口平先輩のことだろうか。
「あ、あの、そういう話だったんですが、急にダメだってことになって……」
「……そう」
部長はそれきりまたスマホ操作に戻ってしまった。
「ダメだって言われても洋菓子派としては納得いかないじゃないですか。和菓子洋菓子で交互に部長立てるって言われて合併したわけですし。私は今年入ったから洋菓子研のオリジナルメンバーじゃないけど、二年生はみんな怒ってます」
表情にはあまり出ないが、饒舌になった。話が核心に近づいたのか急に興奮してきたようだ。何が彼女をそうさせるのか。菓子部の部長なんかどうでもいいじゃないか。
「代わりに誰が?」
「和菓子派二年生の本多さんです」
「本多?」
「
もちろん知っている。昔よくテレビに出ていたアイドル料理研究家・本多まいまいの娘だ。レシピ本が何冊も出ている。その父、つまり命琴の祖父は「和食王」と呼ばれる「本多
「あの、聞いてます?」
「え、ああ、大丈夫」
「続けますね」
「どうぞ」
多田野の話では、現部長が本多嬢を指名したものの、彼女は和菓子派であるため、洋菓子派が一斉に反発。約束通り千口平を次期部長にしろ、そんな約束はした覚えはないという押し問答になったらしい。
実際二年生は洋菓子派が多いので、代替わりした後は洋菓子勢が部を牛耳ることは間違いない。一年生は逆に和菓子派が多い。おそらく入部審査などで裏操作があったのだろう。
「それで、孤高祭でエキシビジョンマッチをやろうって」
「は?」
話が急に飛んだ。何か聞き逃したか?
「次期部長をクッキングバトルで決めようってことになったんですよ」
「クッキングバトル?」
「あのほら、マンガとかでよくある料理対決」
なんでそんな話になるのだ。大丈夫か君ら。でも、
「戦うのは千口平さんと本多さんなんでしょ?」
そもそも多田野はなんでここに来たんだ。そろそろ本題か。
多田野はうつむいて、ぐっと拳を握りしめた。
「千口平先輩が入院したんです。しばらく出て来られません」
「マジか。それで、不戦勝で本多さんが部長になるのか?」
「いえ、代役を立ててバトルすることになりました」
「代役は誰?」
「千口平さんから二年生にメールが来ました」
多田野乙女は、涙がこぼれそうな顔をオレに向けた。
「代役は私です」
なるほどそういうことか。つまり、
「バトルで君を勝たせるのが、依頼なわけか」
多田野はうなづいて、首を振った。どっちだ。
「えと、そうじゃなくて、私が負けても千口平さんが部長になるようにしてください」
何を言ってるんだ君は。
遠くで夏来部長の吹き出す音が聞こえた。
続く。
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